ひきこもりのボクへ

東京のホテルでボクは眠れないでいた。過去のことが次々と想い出されて、そうしてそれを現在と言う端切れでかけつぎをする、そんな作業のようなことを繰り返していた。隅田川の近くのホテルだった。

旅に出たとしても、ほとんど日常の生活の仕方と変わりがない。例えばホテルで一日中ひきこもっていることもある。名物料理を食べようとも思わないし、いつものようにファミレスに行ったりファストフードの店に行ったりで、風景だけがいつもと違っているだけなのだ。

ベナレスの2週間はひどかった。やっぱりホテルに引きこもっていて、観光なんてことはしなかった。ホテルの屋上でガンジス川を日がな見て2週間が過ぎた。食事もホテルだけだった。少し頭をやられていたので、そしてそれでも毎日のようにハシッシをやっていたので、一日の感覚、というか生きている感覚みたいなものが、ボクの精神から抜け落ちていた。

サドゥーに開けてもらった耳の穴が膿んでいて熱をもっていた。あのピアスの開け方もひどかった。爪楊枝みたいな木で、マサラ(カレー粉)を塗って「ぷツ」と一気に貫通させるのだから、化膿するに決まっている。それでもボクは頭をやられていたので、痛みをそれほど感じなかったし、自分の存在の重量を感じることもできなかった。

20歳と少しの頃。ボクは将来のこととどころか、自分のことなんてものも何ひとつ決めてなかったし、生きるということに対しても、なんというか懐疑的に考えていた。ボクの生きる意味みたいなもの、それを見つけ出せなかったのだ。

それは今も同じなんだけれど、あの頃のボクと同じ年代の人が、社会人としてキチンと労働している姿を見ると、「すごいなあ」なんて感動する。憲法的な労働、そのことに対して無垢の気持ちで向き合えるほど、ボクは成熟もしていなかった。というよりもロウドウをフケツなことだと感じていた。

それは今も同じかもしれない。要するに大量生産大量消費という経済の歯車のひとつとなって、余分な消費を繰り返すために血眼になって働くことに対して少しだけ嫌悪感を抱いていたということなのだ。

今のボクの生活のスタイルも旅と同じで、引きこもり質素倹約型だ。嫌悪感というか面倒くさいだけなんだろうけれど、世間の人がせっせとやっているようなことは出来ない。面倒くさいので結婚もしなかったのかもしれない。「40リットルのザック」だけで暮らしたいボクなので、そんな女子供なんて大荷物は、例えば持ったとしても捨てるに決まっている。(そんなことはしないだろうけれど)

ガイドブックなんてものを片手に旅行するのも面倒だし、そのおすすめのホテルを、店を探して行くなんて、そんな殊勝なことは無理だ。

テレビや新聞、雑誌やタウン誌は消費を煽る。もうボクのような引きこもり人間はこの消費社会では罪人だ。美味しいものを食べ、話題の場所に行き、映画を観て展覧会に行って、そして買い物をする。もうなにがなんでも移動しなければ正しい生き方ではないようだ。そして外出しなければ病気になるなんてことまでも言われる。

でもね、別にどうだっていいことなんだ。自分がしたいように生きるのが一番楽なのだ。引きこもりのぼっちの何が悪いのかとボクは思うし、そうして生きるほうがカッコいいと思うのだ。カッコいいのだけれど、それでは今の消費社会というシステムが破綻するので「ダメなこと」にしているだけなのだ。

あの頃、ボクもなんとなくぼっちはカッコ悪いと思っていたし、引きこもりもなんとなく不健康だと思っていた。その思い込みが自己否定になっていったようにも思う。

結局、社会がひきこもりやぼっちを悪に仕立てて、消費を煽っているということなんだ。人は本来、ひきこもりでひとりぼっちなのだ。昔はそういう風に考えられなかったのだけれど、今はそう思う。

ボクの過去に点在するその頃感じた後悔とか自己否定なんてものは、今となってはボクの人生の中にうまくかけはぎされている。あの頃感じていたものは、たぶんそれは自意識という怪物が原因なのだけれど、今となればなんでもないことで、今となっては普通に思っているし、逆に友だちが多い人や、付き合いの多い人、結婚して子供がいたり家があって車が何台もあるような人たちは、消費に扇動されているだけで愚かで滑稽にさえ映る。

東京の一夜、そんなことを考えていると夜が明けた。ボクはまだ静まり返った雷門、浅草寺を散歩した。東京タワーが見えた。昼間はあれほど賑わっていたのに、早朝は誰もいない。ボクはかなりゆっくりと歩いた。「ああ、これこれ、これがオレのスタイルだよね」なんて思った。ぼっちのほうが幸せだと思った。

浅草寺 仲見世

2件のコメント

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    テルさん、こんにちは。
    社交性なんてものを重要視する傾向にあるのかなあ。要領のよさ、と言い換えてもいいかもしれませんが…。
    集団の中で生きるってのは難しいです。
    休みの日だけが気が楽になる、というか、休みを待っているのは、昔も今も変わらないような…。

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    田原笠山さん、こんにちは。先週から仕事が始まり今2直のバスに乗っている所です。
    ひきこもりというより人と接するのが嫌いな人を排除する傾向はあるかなと思います。多様性を認めておきながら良し悪しを決めつけるのは良くないかと思いますが。
    私も以前にイギリスを旅行した事があるのですが、観光名所もほとんど行かずにただブラブラ歩くだけ食事はマクドナルドかバーガーキングで済ませてました(笑)
    私の場合は目的もなくブラブラ歩くのが大好きです。他の人にはあまり理解されませんが。
    いつも仕事が終わった際や休みの日は本当に気が楽になります。

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