田口鉄道第3期線:寒狭川の断崖を駆け抜けた三河田口への終着路 2026年7月27日 北設楽郡の旅 昭和6年(1931年)7月、第1期・第2期線の開通を経て、田口鉄道(のちの豊橋鉄道田口線)はいよいよ最終区間となる清崎〜三河田口間(4.5km)の第3期工事に着手します。 しかし、この最後の延伸区間は[…] 続きを読む
清崎駅:奥三河から全国へ駆け抜けた名機「デキ50形」の流転劇 2026年7月25日 北設楽郡の旅 長原前駅を出発した田口鉄道(のちの豊橋鉄道田口線)の電車は、わずか1.1km先の「清崎駅(きよさきえき)」へと滑り込みました。 昭和4年(1929年)5月22日に第1期線(鳳来寺口〜三河海老間、11.[…] 続きを読む
長原前駅と清崎第3トンネル:清嶺中の生徒を乗せた新設駅 2026年7月24日 北設楽郡の旅 田峰駅を出発した田口鉄道(のちの豊橋鉄道田口線)の電車は、清崎までのわずか1.6kmの間に「第2寒狭川橋梁」「大木和田橋梁」「清崎第1トンネル」「西山橋梁」、そして「清崎第2トンネル」という目くるめく[…] 続きを読む
田峰駅:森林鉄道と材木市場の波乱に翻弄された鉄路の記憶 2026年7月23日 北設楽郡の旅 1.5kmを超える長大な「稲目(いなめ)トンネル」の暗闇を抜けると、田口鉄道(のちの豊橋鉄道田口線)の電車は「方瀬(ほうぜ)川橋梁(4.57m)」と「第一寒狭川(かんさがわ)橋梁(64.96m)」とい[…] 続きを読む
稲目トンネル:公の精神に殉じた立役者・関谷守男の去りゆく背中 2026年7月21日 北設楽郡の旅 昭和5年(1930年)12月10日、田口鉄道の第2期線(三河海老〜清崎間、6.5km)が華々しく開通し、奥三河の鉄路はさらに北の深山へと伸びていきました。 この延伸工事において最大・最長の難所となった[…] 続きを読む
滝上駅:インフレの嵐を生き抜く無人駅と鉄路の防衛策 2026年7月19日 新城の旅 旧田口鉄道の「滝上駅(たきうええき)」跡は、新城市海老池貝津にある「滝上」バス停の西側、静かな山裾にひっそりと佇んでいます。手前の主要駅である三河海老駅からわずか1.2kmという至近距離にあるこの駅は[…] 続きを読む
三河海老駅:皇室の出資と宿場町の活気が生んだ第1期線の終着駅 2026年7月18日 新城の旅 大正13年(1924年)6月1日、地元田口町の関谷守男町長ら有志4名が、奥三河の発展を願い鉄道建設への出資を乞う請願書皇室の森を動かした、田口鉄道「宮内省への請願書」を読み解くを宮内省へ提出しました。[…] 続きを読む
皇室の森を動かした、田口鉄道「宮内省への請願書」を読み解く 2026年7月18日 新城の旅 大正13年(1924年)6月1日、北設楽郡田口町の関谷守男町長ら地元の有力者4名は、宮内省帝室林野管理局長へ宛てて1通の請願書を提出しました。地元の力だけでは実現不可能だった奥三河への鉄道敷設(長篠駅[…] 続きを読む
三河海老駅直前に佇む「双瀬トンネル」と「宮裏トンネル」の変遷 2026年7月18日 新城の旅 三河大石駅を出発した田口鉄道の電車は、次なる主要駅「三河海老駅」を目指して2.5kmの線路をひたすら北上していきます。そしてその途中に待ち受けているのが、「双瀬(ならぜ)トンネル」と「宮裏(みやうら)[…] 続きを読む
三河大石駅:大石の由来と人々の喜びを伝える停留所の跡 2026年7月17日 新城の旅 玖老勢(くろぜ)駅を出発した田口鉄道の電車は、海老川のせせらぎに沿うように北上し、1.6kmほどで「三河大石(みかわおおいし)駅」へと到着しました。 この駅は、計画当初は集落名である「副川(そえかわ)[…] 続きを読む