稲目トンネル:公の精神に殉じた立役者・関谷守男の去りゆく背中 2026年7月21日 旅と写真 昭和5年(1930年)12月10日、田口鉄道の第2期線(三河海老〜清崎間、6.5km)が華々しく開通し、奥三河の鉄路はさらに北の深山へと伸びていきました。 この延伸工事において最大・最長の難所となった[…] 続きを読む
滝上駅:インフレの嵐を生き抜く無人駅と鉄路の防衛策 2026年7月19日 新城の旅 旧田口鉄道の「滝上駅(たきうええき)」跡は、新城市海老池貝津にある「滝上」バス停の西側、静かな山裾にひっそりと佇んでいます。手前の主要駅である三河海老駅からわずか1.2kmという至近距離にあるこの駅は[…] 続きを読む
三河海老駅:皇室の出資と宿場町の活気が生んだ第1期線の終着駅 2026年7月18日 新城の旅 大正13年(1924年)6月1日、地元田口町の関谷守男町長ら有志4名が、奥三河の発展を願い鉄道建設への出資を乞う請願書皇室の森を動かした、田口鉄道「宮内省への請願書」を読み解くを宮内省へ提出しました。[…] 続きを読む
皇室の森を動かした、田口鉄道「宮内省への請願書」を読み解く 2026年7月18日 新城の旅 大正13年(1924年)6月1日、北設楽郡田口町の関谷守男町長ら地元の有力者4名は、宮内省帝室林野管理局長へ宛てて1通の請願書を提出しました。地元の力だけでは実現不可能だった奥三河への鉄道敷設(長篠駅[…] 続きを読む
三河海老駅直前に佇む「双瀬トンネル」と「宮裏トンネル」の変遷 2026年7月18日 新城の旅 三河大石駅を出発した田口鉄道の電車は、次なる主要駅「三河海老駅」を目指して2.5kmの線路をひたすら北上していきます。そしてその途中に待ち受けているのが、「双瀬(ならぜ)トンネル」と「宮裏(みやうら)[…] 続きを読む
三河大石駅:大石の由来と人々の喜びを伝える停留所の跡 2026年7月17日 新城の旅 玖老勢(くろぜ)駅を出発した田口鉄道の電車は、海老川のせせらぎに沿うように北上し、1.6kmほどで「三河大石(みかわおおいし)駅」へと到着しました。 この駅は、計画当初は集落名である「副川(そえかわ)[…] 続きを読む
玖老勢駅:くろぜ石が旅立った伊那街道と鉄路の記憶 2026年7月15日 新城の旅 鳳来寺駅を出発した田口鉄道の電車は、2.7kmの道のりをおよそ6分で走り抜け、そして次の「玖老勢(くろぜ)駅」へと滑り込んでいました。 この地域は、かつて多くの人や物資が行き交った歴史ある交通の要衝で[…] 続きを読む
鳳来寺駅:参拝客と女学生で賑わったドル箱区間 2026年7月14日 新城の旅 起点の鳳来寺口駅(現・本長篠駅)を出発した田口鉄道の電車は、わずか7〜8分ほどで「鳳来寺駅」へと滑り込んでいました。漂泊の俳人・種田山頭火は、その旅日記に「さらに電車で鳳来山へ。―― 駅からお山まで一[…] 続きを読む
田口鉄道と豪雨の闘い:峰トンネル、暗闇が繋ぐ鉄路 2026年7月13日 新城の旅 三河大草駅を出発した列車は、大草トンネル、富保トンネルを相次いで潜り抜け、築堤の上を渡りながら次なる「峰トンネル」へと滑り込みます。鉄路はさらに峰第2、第3、第4トンネルと連続して続き、次の鳳来寺駅を[…] 続きを読む
富保トンネル:光と闇が紡いだ戦時下の記憶。田口鉄道の急膨張 2026年7月13日 新城の旅 三河大草駅から大草トンネルを潜り抜けると、列車は数十メートルの築堤(ちくてい)を走り、息をつく間もなく次の「富保(とみやす)トンネル」へと滑り込みます。明かり区間と暗闇が交互に訪れるこの車窓の変化は、[…] 続きを読む