運賃値上げについて 公共交通と総括原価方式
短距離利用者への忌避感から「初乗り運賃を上げろ」という運賃値上げの話が出ています。
ちょっと待って、それってライドシェア推進派の言うダイナミックプライシング的な発想ではないですか?つまり、需給を値段で調整する…。そうではないにしろ、ではいくらなら良いのでしょうか?
仮に、初乗りが今の倍、1000円〜1500円になったら利用者の利便性が損なわれませんか?そして、その利便性の喪失はライドシェアへの呼び水になりはしませんか?今回は、その運賃値上げについて、もう一度考えてみます。
タクシーは公共交通ですか?
さて、タクシーの公共性とはなんでしょうか?(何度も書いているので「タクシーは公共交通ですか?」をご覧いただければ幸いです)
太田和博専修大学商学部教授は次のように説明しています。1
公共交通は公衆に開かれている(open to the public)交通ということであり、具体的には「運賃を払う人は乗せなければならない」義務を負う。タクシーの乗車拒否が違法とされるのは、タクシーもこの公共運送人義務を負っているからである。
「運賃を払う人は乗せなければならない」なのです。公共交通だから、乗車拒否に対して厳しいのです。そして、運賃を支払う人は「いつでも」「どこでも」「誰でも」利用できることが公共ということです。例えば、NHK、電気や水道は、ポツンと一軒家でも利用できます。僻地だから、山奥だから「電気や水道がない」ということはありません。そして、障がい者や高齢の歩行が困難な人もいます。
総括原価方式
次に、運賃がどうやって決まるのかを概観します。当ブログでも何度か考察していますので、以下の記事をご覧ください)
この総括原価方式は電気料金でも使われています。つまり、次のように言えます。
- 赤字にならない仕組み
- 赤字になければ値上げできる
つまり、原価に(適正な)利潤を上乗せしたものが運賃だからです。よって、利益が出る仕組みなんです。確かに、タクシー運賃の問題点はあります。例えば、次のようなことが問題点として考えられます。
- 審査から改定まで時間がかかる
- 能率的な経営という事業者が基準
- 出来高制歩合給賃金下での原価は欠損を生じにくい
そしてその原価ですが、原価構成の73.2%が人件費です。タクシー事業の原価で最も比率が高い人件費が出来高制で支払われます。さらにその出来高から歩率によって賃金が支払われます。このことは、売上が低いと原価も低くなるということです。つまり、原価が変動するから欠損が生じにくいのです。
TAXI TODAY in Japan 2024 全国ハイヤー・タクシー協会
もう少しざっくり考えると、次のことが言えます。
- 売上に比例して原価が変化(売上マイナスで原価マイナス)
- 歩率に比例して原価が変化(歩率マイナスで原価マイナス)
原価が変動、いえ、調整できるということです。これが賃金制度を複雑にした原因でもあり、さらに、運賃を上げにくくしている原因でもあります。
つまり、赤字にならなければ運賃値上げができないのに、赤字になりにくいのです。
歩率を下げる
このように、労働集約型産業の宿痾として原価=人件費になります。前項で赤字にならなければ運賃値上げはない、と述べました。だとすると赤字にするためには人件費を上げれば良いのでしょうか?つまり、歩率を上げて赤字に誘導しますか?それも戦略としてはありでしょう。
運賃だけを上げると、利益が出てしまいます。そうなると総括原価方式のパラドックスで料金の値上げが起こりません。そのうえ、運賃が上がると利用者から不満が出ませんか?「タクシーは高い」と……
そして次に「使い難い」「公共なのか」という世論が形成されませんか?それがライドシェア解禁を助勢するのではないでしょうか?「初乗り2000円?牛丼一杯500円なのに、1キロ乗って2000円?」になりはしませんか?
あるいは、完全従量制なんて運賃制度自体が改正されるかもしれません。そのほうがスッキリする、なんて言う人もいますよね?
その結果、「タクシーは高い」と言う声と、タクシー運転手の高賃金の声が共音して「値下げしろ」なんてことに…。
そうなると、事業者は何をしますか?
歩率を下げますよ。利用者の利便性と事業者の利益には、歩率を下げること、そして、タクシー事業者が儲かるにはこの方法が最も簡単なんです。73.2%を63.2%にするだけで10%も改善できるのです。
つまり、高い運賃は公共性と歩率を下げる効果も生じます。
運賃値上げの条件
まとめると、運賃値上げには、次の条件が必要です。
- タクシー事業が赤字になる
- 運転手が稼げない
- TNC型ライドシェアが行われない
ですから、皆さんが言っている「運賃値上げ」、それは難しいのです。
中には、初乗りを上げて爾後運賃(初乗り後の加算メーター料金)を下げろ、と言う人もいるでしょう。でもね、タクシーの平均乗車距離(1車1回当り実車キロ)は(2024年3月東京)4.6キロメートルですよ2。現在の運賃体系で1900円です(初乗り=1096m=500円、爾後=255m=100円)。一回の客扱いで2000円が平均なんです。
それに、今、タクシーバブルなんて言われていて……
結論として、初乗り運賃を上げるにはそれなりのリスクが伴います。そして、運賃値上げには条件が必要です。と言うこともあり、今は難しいでしょう。初乗りを上げたとしても、売上は平均値に収束します。(初乗りを倍にしたから売上が倍になるわけではありません。平均実車距離は4.6kmなのです)
警戒しなければならないのは、短距離利用者を忌避することでタクシーの公共性や利便性を疑問視する声が大きくなることです。事故やクレーム、あるいは性加害やタクハラが少ないことだけがタクシーの(ライドシェアと比較しての)優位性ではありません。
公共性と利便性が失われる時に、世の中の人たちが「タクシーなんて出て行け」「ライドシェア賛成」、つまりタクシーが終わる時だと思います。