国際自動車裁判で考える賃金の複雑さ
「知恵の結晶」と言われるタクシー業界の賃金の複雑さについて考えてみます。2021年3月に運転手198人の未払い分の残業代などとして、会社側が総額約4億円の和解金を支払うことで合意した国際自動車裁判の資料を元にみてみます。
運転手が時間外労働をした場合、売り上げに応じた歩合給から残業代と同額を差し引く、と定めたタクシー会社の賃金規則をめぐる訴訟で、原告の運転手らとタクシー大手の国際自動車(東京)との和解が成立した。
次の図表は、ある運転手が月に11日間出勤、うち公出(休日出勤)を1日した場合の、同じ売上に対する残業した場合と残業しなかった場合の賃金の変化です。解かりにくかったので図表にしました。
手当の算出方法
表の「*1 対象額A」は、売上(営収)- 基礎控除額(「足」と言ったりします)× 歩率(この場合「所定53%」「公出63%」です)。これが歩合給の基礎になります。そして、完全歩合制だとこのままの金額(売上×歩率=賃金)で支払われる場合もあります。
図2は、500,000円の売上に対して、残業を100時間した運転手と残業しなかった運転手の手当額です。(黄色い塗りつぶしは同じ数字です)
図2.深夜・残業など算出方法
次に各項目の説明と算出方法を書いてみます。
所定内営収
所定内(通常の勤務)での売上です。この場合1か月に11日で、内訳は平日9日、土曜日2日、日曜日1日です。公出(休日出勤)を1日、平日に出ています。
所定内基礎控除
基礎控除額が曜日によって違います。(営収-控除額)× 歩率=手当対象額になります。したがって、控除額が低いほうが賃金が上がります。曜日別、所定公出別にインセンティブに変化をつけています。これは、稼働率を上げるためでしょう。図3が基礎控除額表です。
平日9日×29,000円=261,000円、土曜日2日×16,300円=32,600円、日曜日1日×13,200円、所定内基礎控除額は277,800円です。
公出営収
公休出勤時(公休出勤=休日出勤)での売上です。
公出基礎控除額
公共出勤時の基礎控除額で、表にように所定より安くなっています。これによって休日出勤すれば実入りが良くなります。この場合、平日に1日出勤していますので、24,100円が控除額になっています。
例えば、
平日40,000の営収に対する対象額A(歩合給部分)は、
所定内で40,000円-29,000円=11,000円×53%=5,830円、
公出では40,000-24,100円=15,900円×63%=10,017円、1.7倍も増えます。
この差が公出出勤を動機付け稼働率を上げることに貢献することになります。また土曜日、日祝に低くなっているのも、会社側の「出てもらいたい」という意志の表れだと考えています。
対象額A
対象額Aの計算式は
(所定内営収-所定内基礎控除額×0.53)+(公出営収-公出基礎控除額×0.63)で、
この場合、(500,000-277,800)×53%+(40,000-24,100)×63%=127,783円です。(*1)
深夜手当1、深夜手当2
手当には1と2があって、1は基本給部分、2は総労働時間(残業部分を含んだ)部分と思われます。
深夜手当1:{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×深夜労働時間 残業有の場合、(150,000÷186h)×25%×76h=16,716円です(2)。残業無の場合、(150,000÷170.5h)×25%×70h=15,396円です(2)
深夜手当2:対象額÷総労働時間×0.25×深夜労働時間 残業有の場合、(127,783÷270.5)×25 %×76h=8,976円です(3)。残業無の場合、(127,783÷170.5)×25 %×70h=13,116円です(3)
残業手当1、残業手当2
手当も1と2があり、深夜手当と同じく2は総労働時間部分だと思います。
残業手当1:(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)×1.25×残業時間 この場合、150,000÷(11日×15.5h)×125%×100h=109,971円です(*4)
残業手当2:(対象額÷総労働時間)×0.25×残業時間 この場合、(127,783÷270.5)×25 %×100h=11,810円です(*5)。
公出手当(法定外公出)(法定内公出)
公出手当も基本給部分と総労働時間部分があって、法定外は25%の割増、法定内は35%の割増分を手当としています。
法定外公出手当1:{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×休日労働時間 この場合残業有、残業無ともに、(150,000÷186h)×25%×15.5h=3,409円です(*6)
法定外公出手当2:(対象額÷総労働時間)×0.25×休日労働時間 残業有の場合、(127,783÷270.5)×25 %×15.5h=1,831円です(7)。残業無の場合、(127,783÷170.5)×25 %×15.5h=2,904円です(7)。
交通費
交通費は一律5,000円。
以上図1、図2をもとに手当を計算し、国際自動車の歩合給と支給額を算出すると
歩合給と支給額
残業(100時間)有
基本給 150,000円(12,500円×11日)
歩合給 -29,928円(対象額A 127,783円 – 手当合計 157,711円)
諸手当 157,711円
支給額 277,783円
残業無
基本給 150,000円(12,500円×11日)
歩合給 87,958円(対象額A 127,783円 – 手当合計 39,825円)
諸手当 39,825円
支給額 277,783円
残業分歩合減
残業手当や休日出勤手当が付いているように見えるのですが、支給額は同じになります。これが「残業分歩合減」と言われる国際自動車の賃金算出方法です。これも「知恵の結晶」で、タクシー業界ではなくはない方法だと思います。手当を加算しても歩合給で調整し、完全歩合給になるようにしなければ、「自発的な労働を彼らから引き出す」ことが出来なかった/出来ない、その考え方を基本として設計されているからに違いありません。
解からなくはありません。「事業所外の労働で、かつ、営業活動まで運転者にゆだねている」自由な働き方だから、全てを排除して売上だけで判断するほうが合理的だからです。同じ労働、生産量に対して、余分に100時間分の残業手当を付けることになれば、残業を助長することになり、労働基準法の理念に反することになります。あるいは、残業できない勤務体系になり、稼ぎたい人が稼げなくなります。
まとめ
法定労働時間内で、例えば年収300万円を得ることができるほど仕事があるわけはありません。また、それほど生産性の高い業界でもありません。私たちの生活と業界は、長時間労働によって支えられて来ました。だから月間299時間や322時間という拘束時間制限と、勤務間のインターバル制で「自発的な労働」を抑制しなければならなくなったのです。
ほっとけばサボル人がいます。その一方で、ほっとけば稼ぎまくる人もいます。「自由」がもたらしたものは、豊かさや正義なんてことだけではありません。闇をも連れてきては、業界の労働条件や労働制度を複雑にしました。そして、理解できないようなものにしてしまったということなのでしょう。
参考
国際自動車事件(最一小判令和2年3月30日)について
企業労働法対応を得意とする弁護士・法律相談(KKM Law Office)
裁判例結果詳細 | 裁判所