運賃改定の手順、タクシー運賃値上げについて(3)
3回目の今回は、運賃改定の手順、その方法について概観します。
前回は、タクシー運転手の賃金が歩合給であることが、長時間労働や賃金格差、健康格差、乗車拒否問題、それらによる運転手不足などタクシー業界の抱える問題、その解決を妨げているということを考えてみました。
しかし、歩合給であるため倒産しにくい、ということも事実です。
タクシー会社の営業収入が減少しても、原価構成率73%の人件費がそれに比例して減少するので、赤字になることが少ないのです。ただ、限界はあります。最賃保障問題や事故による突発的な支出、また今回のような長期的な利用者の減少で、損益になっている会社のほうが多いはずです。
倒産しにくいとしても、大豪邸を建てられるほど儲かることもありません。なぜなら、運賃を決める総括原価方式は「適正な原価に適正な利潤を加えたものを超えない」ものなので、「適正」と言われる利潤しかでない仕組みなのです。
だから、私たちの賃金が常に低い、とも言えます。適正な利潤ありきの原価設計による運賃設定だからです。と、考えれば考えるほど難しくなるタクシー運賃です。
その運賃改定の手順について法律ではどうなっているのか、どのような手順になるのか、図6を元に考えてみます。
タクシー運賃改定の手順について
図6 運賃改定の審査手順について(「タクシー事業に係る運賃制度について – 国土交通省」より転載)
今回の運賃値上げについて「都内のタクシー会社の7割が申請」という見出しでニュースが流れていました。
この「7割」は70%ルールと言われるもので、「一般常用旅客自動車運送事業の運賃料金の認可の処理方針について」(国自旅第101号、以下101号通達)の通達には以下のようになっています。
2(1)運賃適用地域ごちに、原則として最初の申請があったときから3ヶ月の期間の間に申請を受け付けることとし、申請率(当該運賃適用地域における法人事業者全体車両数に占める申請があった法人事業者の車両数の合計の割合をいう。以下同じ。)が7割以上となった場合に、運賃改定手続きを開始することとする。
先日「3ヶ月の期間の間」も終わり、改定の手続きが開始されました。
標準能率事業者の選定
図6の2番目です。これも101号通達を引いてみます。
一般乗用旅客自動車運送事業の運賃改定要否の判断基準(別紙1)
地方運輸局長において、地域の実情に応じ、以下の基準に従い運賃改定要否の検討を開始すること。
第1 標準能率事業者の選定基準
運賃適用地域内において、改定申請事業者の中から標準的経営を行っている事業者を標準能率事業者として選定する。
この場合の標準能率事業者とは、次の基準に該当するものを除いた者とする。
原価標準基準1人1車制個人タクシー事業者及び小規模個人経営者(5両以下)
3年以上存続していない事業者
最近の事業年度(1年間)の期間中に事業の譲渡、譲受若しくは合併した事業者又は長期にわたって労働争議のあった事業者
決算期を変更したため、最近1年間の実績収支の確定のできない事業者
一般常用旅客自動車運送事業以外の事業を経営するものにあっては、全事業営業収入に対する常用部門の割合が50%に満たない者
料金について標準的なものと大幅に異なるものを設定している事業者
災害、その他の理由によって異常な原価が発生し、当該地域の原価の標準を算定するために適当と認められない事業者(1)サービス標準基準事業用自動車の平均車齢が、当該運賃適用地域の全事業者の平均値に比較して、特に高いと認めれれる事業者
タクシーサービスの著しく不良な事業者
安全運行を怠り、事故を多発している事業者(2)効率性基準運賃適用地域の事業者のうち、年間平均実働率の水準が、当該地域内の全寺業者の上位から概ね80%の順位にある水準以下の事業者(3)
運賃適用地域の事業者のうち、生産性(従業員1人当りの営業収入)の水準が、当該地域内の全事業者の上位から概ね80%の順位にある水準以下の事業者(4)
効率性基準は原価標準基準及びサービス標準基準を適用した後に適用し、効率性基準は(1)、(2)の順に適用する。
運賃改定要否の判定
第2 運賃改定要否判定基準
標準能率事業者について、実績年度及び実績年度の翌年度の適正利潤を含む加重平均収支率がいずれも100%を超える場合には、運賃改定を行う必要がないものとする。(5)
原価計算事業者の選定 .
一般乗用旅客自動車運送事業の運賃原価収支算定・処分基準(別紙2)
第1 原価計算対象事業者の選定
- 原価対象事業者は、運賃適用地域の事業者のうち運賃改定要否の判断基準により選定した標準能率事業者の中から、次により抽出することとする。
車両規模別にそれぞれ50%を抽出する。
上記(1)の抽出にあたっては、各運賃額別、車両数規模別に申請事業者全体に対する車両数比率を算出し、その比率をもって事業者を抽出する。
抽出事業者数は最低10社とし、30社を超える場合は30社を限度とすることができるものとする。- 原価計算事業者の抽出にあたっては、抽出事業者の実績加重平均収支率が標準能率事業者の実績加重平均収支率を下回らないように抽出するものとする。(6)
一般乗用旅客自動車運送事業の運賃料金の認可の処理方針について。自動車交通局長 国自旅第101号 平成13年10月26日
(太字、(1)~(6)の括弧数字筆者)
以上、101号通達の図6に関係ある部分を書き出してみました。
申請のあった事業者のうち、原価、サービス、効率の3つの標準基準に該当する事業者が選ばれます。そのうえで、収入/支出×100が100%以下の場合に運賃改定を行う必要がある、ということです。
「収支が赤字となる場合、運賃改定の審査を開始」することになります。赤字にならなければ運賃は変わらない、とすると、いかに赤字にするか、という話になりそうなものです。
東京特別区・武三地区の手続き開始
東京特別区・武三地区は、2021年12月24日~2022年3月23日の3ヶ月間に70%の申請率に達したため運賃改定の手続きが開始されました。そしてすでに標準能率事業者の選定も始まっているのでしょう。
「早ければ10月にも値上げ…」と報道されていますが、本当に値上げされるのでしょうか。まだ「運賃改定要否の検討を開始」されただけです。思うに、今回の値上げの本当に正しいのでしょうか?誰もそのことには触れません。
次回は、値上げは妥当なのか、について考えてみたいと思います。
- 原価と運賃、タクシー運賃値上げについて(1)
- 売上と賃金の仕組み、タクシー運賃値上げについて(2)
- 運賃改定の手順、タクシー運賃値上げについて(3)
- 値上げの妥当性、タクシー運賃値上げについて(4)
- 燃料費高騰という理由、タクシー運賃値上げについて(5)
- 値上げ反対、タクシー運賃値上げについて(6)