原価と運賃、タクシー運賃値上げについて(1)
6回に分けて考えるタクシー運賃値上げの第1回目は、原価と運賃です。
春になり、まん延防止特別措置法が解除されました。とはいえ、タクシー運転手は相変わらず厳しい生活が続いています。
図1は、コロナ以前(2020年2月まで)との都道府県別営業収入の比較グラフです。このカーブと運転手の賃金は同じ曲線を描くと考えられます。(最低賃金という底はありますが)
図1 都道府県別タクシー営業収入2019年比(東京交通新聞掲載の数字をグラフ化)
グラフの谷の部分は国の緊急事態宣言、まん延防止特別措置が出ていて、移動が制限されていた時期と重なります。
2021年の年末には2019年比で80%を超え回復の兆しがあったのですが、年が明けてまん延防止特別措置法(以下「まん防」)が発出されると、また下降をしはじめました。
運賃値上げが業界と運転手を救う
3月21日に全ての都道府県でまん防が解除されると、稼働1車両当たりの1日の売上(日車)は上昇し始めました。日車の上昇にともない会社の営収も上昇中、というのが現在の状況です。
この2年間、グラフと同じように多くの運転手の賃金は下がりました。地方の運転手は半数以上が最低賃金周辺の賃金での生活を強いられました。
厳しいのは運転手だけではありません。タクシー事業者はもっと悲惨な経営状況だと思います。売上の減少に加えて燃料費の高騰が追い討ちをかけているのが現状です。
そんな中、東京地区のタクシー運賃値上げのニュースが流れています。この値上げが業界を救い、運転手の生活を大いに変えてくれる・・・。しかし、そう簡単なものでもなさそうです。ただ、このコロナ禍とウクライナ危機が良くも悪くも業界の変革を加速することには違いなさそうです。
都内タクシー運賃、値上げへ キャッシュレスや燃料高で: 日本経済新聞
東京都内タクシー料金 秋にも15年ぶりの値上げ 原油高で申請相次ぐ – Yahoo!ニュース
そのタクシー運賃について概観してみます。
北九州のタクシー運賃値上げ
東京特別区・武三交通圏のタクシー運賃値上げの前に、北九州ブロックの運賃改定の手続きが始まりました。
図2は九州8県タクシー営業収入の対2019年比です。
図2 九州8県タクシー営業収入対2019年比(東京交通新聞掲載の数字をグラフ化)
1と同じカーブです。同じく感染拡大と移動制限により営収が上下していることがうかがえます。全国で同じことが起きています。
北九州ブロックの運賃改定は、昨年令和3年8月18日に最初の要請書が提出されました。その後3ヶ月の要請受付期間(8月18日から11月17日まで)、審査、運賃改定要否の判定が行われ、3月11日に運賃改定の手続き開始の発表がありました。これから(運賃改定が必要と判断されれば)「運賃改定に係る作業を経て、新運賃の公表」を行うようです。
第一交通産業の値上げ理由
この申請時の値上げ理由として、第一交通産業(北九州)は「運転手の労働条件改善やキャッシュレス決済への投資」としていました。
タクシー大手、第一交通産業(北九州市)のグループ会社の北九州第一交通(同)は、普通車の初乗り運賃について、現行から100円増の780円に値上げすることを求める要請書を九州運輸局に出した。運転手の労働条件改善やキャッシュレス決済への投資が理由で、提出は18日付。
北九州第一交通の普通車タクシーの要請内容は、現行の上限運賃が初乗:1.6km – 680円、加算316円 – 80円から、初乗:1.6km – 780円 、加算:274m – 80円です。この北九州第一交通の内容は申請した事業者全ての最頻値でした。
今回の要請内容をグラフ化すると図3になります。
図3
異常な原価ではないのか
ここで言いたのは、運賃改定要否判定基準の実績年度がコロナ禍であったのならば、異常な原価を運賃値上げに認めてしまうのではないか、という私の疑問です。
北九州第一交通の「運転手の労働条件改善やキャッシュレス決済への投資」という理由だけでの運賃値上げならば、まだ利用者の理解は求められるでしょう。しかし、コロナ禍での経営悪化や燃料代高騰などの異常事態での収支悪化ならば、例えば、コロナ禍が終息し、燃料代が下がったら運賃は引き下がるのでしょうか。
そして、それが認めらるなら、全国すべてのタクシー事業者は即刻運賃改定要請を出したほうが良いということになります。
タクシーの原価
タクシーは労働集約型産業で原価にしめる人件費の割合が70%以上です。図4はタクシー事業における原価構成表です。
図4 タクシー事業の原価構成(出典 全国ハイヤー・タクシー連合会 TAXI TODAY 2021)
人件費70%
2017年度の総原価に対する人件費は73.1%でした。2016年度73.3%、2015年度73.6%です。
運転手の人件費は歩合給で支払われるので売上に比例します。この70%を超える部分が、売上によって増減するということは、総原価に対しての割合も、総売上に対する割合も、ほぼ同じになってきます。
売上が下がって原価が減少すると賃金も比例して減少します。図1、図2の曲線は売上のものですが、そのまま賃金=人件費になり一定化します。
出来高制歩合給がタクシーを救う
この賃金制度がタクシー事業を倒産しにくい産業にしているのです。
例えば、売上100万円で歩率50%、賃金は50万円です。売上が半分に減少し50万円になったとして、賃金は25万円です。言い換えれば、常に一定の利益があることになります。
ただ、完全歩合給制で売上0円の場合に賃金が0円で良いわけがなく、労働時間にみあったその地域の最低賃金は支払われなくてはなりません。
「足切」というノルマがある理由は、性悪説をもとにした思想が業界にあるからです。そしてそのことが「知恵の結晶」として賃金制度を複雑にしました。
そのことについては「タクシー運転手の賃金について」に詳しく書いています。最低賃金の上昇や最低賃金補償が地方のタクシー事業者の経営課題になっています。
そんな複雑怪奇な歩合給での賃金制度を、総括原価方式というタクシー運賃の計算方式に原価として組み入れ、運転手の労働条件を改善させることが出来るのでしょうか。
運賃値上げが運転手の賃金引上げになるのか
北九州もですが、東京特別区も、今回の運賃値上げがタクシー運転手の賃金引上げになるのでしょうか。
答えは「分からない」です。そもそもの話なんですが、上述の通り歩合給ですので、例えば、いくら運賃が上がろうと、利用者がいなければ賃金は上がりません。そしてこれまで通り長時間労働をしなければ売上は上がりません。
何度か運賃改定を経験しました。しかし、その上昇率にともない賃金が引きあがったかというと、その感覚、手ごたえがありませんでした。今回のような災禍にでもあえば年収200万円程度の底を這いつくばらなければなりません。運賃改定があったからこそ現状維持ができた、そういう見方もできますが。
運賃が上がり歩率を下げる
それよりも(運賃よりも)賃金の歩率を上げたほうが分かりやすいし、賃金制度を改正したほうが運転手には納得できるように思います。
運賃改定時に「運賃改定実施後において、各事業者において、適切に運転者の労働条件の改善措置を講ずること」という通達が出ています。ところが、労働条件が改善されずに、いまだに運転手に不当な負担を強いているタクシー会社もあります。
確かに運賃改定による値上げは必要なことでしょう。その前に、法による運賃改定手続きが正しいのでしょうか。その値上げが利用者のためになるのでしょうか。私たち労働者のためになるのでしょうか。公共交通として「社会の福祉に資する」ためになるのか、と思っています。
今回のように「運転手の労働条件改善」が運賃値上げの理由ならばなおさらのことです。
その前に、手続き以前に疑問があります。そのことは「タクシー運賃値上げについて考えたこと(2)」で続けます。
参考
タクシー運転者の労働条件の改善を図ります~タクシーの運賃改定に際しての留意事項~