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鉦打ヘンロ小屋の夜(7日目の4)
平等寺に着いたのは15時30分ごろだった。おじさんが納経所の横の休憩所にいた。「結局、ふだらく越えで来ました」…
補陀洛、大龍寺にて(7日目の3)
補陀洛とは「《(梵)Potalakaの音写。光明山・海島山・小花樹山と訳す》仏語。インド南端の海岸にあり、観音…
鶴林寺へ(7日目の2)
思っていた通りの難所だった。いきなり急登、直線距離で2キロ少しを500メートルほど高度を上げてゆく。何も考えら…
コンビニ巡礼(7日目の1)
5時30分起床。同じ頃におじさんも起き出した。ママチャリ遍路の女性ふたりもテントの中から声が聞こえていた。洗顔…
ママチャリ遍路そして眠れぬ勝浦の夜だった(6日目の3)
16時前に二人の自転車、ママチャリ遍路がやってきた。 どちらともまだ20代の女性。ヘンロ小屋の横に自転車を着け…
善根宿(6日目の2)
善根宿、「ぜんこんやど」「ぜごんやど」と言われる遍路用の宿だ。無料、あるいは300円や500円という無料同然の…
同行二人(6日目の1)
「同行二人」とは、お大師さまと常にふたり連れということ。 お遍路をはじめると、様々のところで目にするのが、こ…
恩山寺前バス停で、ヤモリとクモと、ボクとゴキブリと(5日目の3)
地蔵峠で雨は降り止んでいた。歩くことの苦しみや痛みがボクの哀しみを分散させていた。「逢いに行く」という気持ちも…
ユリさんの死(5日目の2)
ユリさんの死、それを告げるメールがこのタイミングで届くことに、怒りのようなものを感じていた。 ボクは地蔵院前の…
地蔵院にて、濛雨(5日目の1)
人は必ず死ぬ。 ビジネスホテルの朝は雨だった。いつもの時間に目覚めたのだけれど、そのことを確認するとボクはまた…
蔵本駅前ホテルにて(4日目の3)
中鮎喰橋を渡るまでにすっかり夜になっていたのだけれど、ネオンや車のヘッドライトのヒカリでその夜は昨日の神山のも…
鬼籠野、時雨て霞む徳島の街(4日目の2)
鬼籠野、徳島へと続く道は寂しかった。 住むだけ、あるいは遍路として四国に滞在するだけならば、四国は優しく包容力…
プロ遍路との出会い(4日目の1)
プロ遍路氏が「神山、鬼門や~」と言った。 そしてボクが自販機の缶コーヒーを買おうとしたら「こんなところに金落と…
神山で野宿、そして神の山は焼けた(3日目の2)
神山へ向った。結局、焼山寺を打ち終えて、結局食料もないということで鏡大師経由を諦めて神山経由を選んだ。当初は鏡…
焼山寺、遍路転がされず(3日目の1)
焼山寺は転がされることなく、打つことができた。 まだ3日目。その3日間が特に長く感じた。慣れていないということ…