ママチャリ遍路そして眠れぬ勝浦の夜だった(6日目の3)
16時前に二人の自転車、ママチャリ遍路がやってきた。
どちらともまだ20代の女性。ヘンロ小屋の横に自転車を着けると、ひとりが言った「ここは泊まっても良いところですよね?」
「良いんじゃないですか」とボクは幾分不機嫌な声で言った。(そう後で後悔した)眠りかけていたせいもあった。それよりは彼女がいきなり「ここは」と切り出したことに対して不快感みたいなものだったのかもしれない。それに「え、ここに女性二人泊まるのかよ」と、ボクの平穏な時間が、そして約束されていた安心感みたいなものが、そのことによって失われるように感じたのだろう。
あの頃のボクは、自分にも余裕がなかった。
まして人に余裕を持って接することは出来ていないように感じた。それに旅の中にあっては旅人との接触が多くなる、それは遍路の中にあってもそうなのだけれど、そうすると「慣れた人」への違和感みたいなものが生じる。旅慣れたことからの自信なんてものが言葉の端端に露見する。自信がそのまま饒舌になり強い言葉になる。そしてそういう人たちへの嫌悪感が生じて、身構えてしまう。その時もそういったものを少し感じていた。それに人と話すのも面倒だった。
ふたりは荷物を降ろしだした。「やっぱり泊まるのか」と思った。ボクは寝たふりをした。少ししてふたりがヘンロ小屋の中にやってきた。小屋と言っても東屋、壁は腰のあたりまでしかないのだから、近寄れば何もかも見えてしまうのだけれど。
そしてひとりはテントを干し始めた。
それが終わると、もう一度小屋のベンチに座った。「起きてますか?」とボクに聞いてきた。「はい」とボクは身体を起こした。「今日はどこから?」「神山のキャンプ場から」
ボクが2泊して3日かけた距離を自転車だと1日で着ける。そのことを話した。「自転車でお家から?」とボクは尋ねた。
「コメリで、四国のコメリで買ったんですよ。1万円ほどでした」とどちらかが言った。彼女たちは長野の山小屋で働いているらしくて、シーズンオフになった機会に四国遍路をすることにしたということだった。山女らしく、というのが適切かどうかは別として、元気だった。そして山小屋でのことを話してくれた。
「おじさんももうすぐ来るはずなんだけれどなあ」「でもまだじゃない、歩き出し」という話をしていた。ボクはそのおじさんも小屋泊まりだな、と思った。少しして彼女たちはテントを張って、食事の用意、うどんを作って食べていた。
17時ごろ、そのおじさんがやってきた。
60歳を少し過ぎているだろうおじさんは「疲れた、今日も歩いた」と言って、入り口のベンチに座った。女の子たちも出てきて、少し話した。ボクは「こちらに寝てください」と奥の広い場所を勧めた。おじさんは遠慮したのだけれど、「お昼過ぎには着いていて、もう休養十分なので」と更に勧めた。結局ボクは地べたに寝たのだけれど・・・。
「そうかい」とおじさんはそこに移った。それからおじさんは夕食のパンを食べ始めた。その間に旅の様子を話していた。ボクたちは一番札所霊山寺を同じ日に出発していた。ボクのほうが少しだけ早かったようだった。そしてボクのほうが少し前を進んでいたのだ。
「栄タクシーは良かったねえ、鴨の湯では2回も風呂に入ったよ」とボクに言った。
「さかえタクシー・・・、どっかで・・・、あのプロ遍路が言ってたところかなあ」とボクは考えていた。そして「それって、なんですか?」と聞いた。
「知らないのか?」
「ええ」
「これがないとまったく困ってしまうよ」とその「四国霊場八十八ケ所歩き遍路さんの無料宿泊所一覧表」をボクに見せた。「こんなのがあるんですね」
「初日にもらったよ。」と、初日に泊まったどこかの民宿にあったのか、コピーしたということらしかった。
「すごいですね」
「他のも善根宿はあるらしいんだけれど、取りあえずこれだけあればなんとかなると思っているけれどね」
「コピーさせてもらってもいいですか」
「ああ、いいよ」
とボクは少し先にあったサンクスで2部コピーした。一部はおじさんの予備としてあげた。何度も見たのか、雨に濡れたのか、少し破れていたので。
コンビニから戻るとおじさんはシュラフの中に入っていた。
もう寝る準備をしていた。「寝るのが一番だね」と言った。ボクはそのリストのお礼を言って「一部コピーしときましたから」と渡した。「ありがとう」と言っておじさんはそれをザックのポケットに入れた。ボクたちは出身地のことなんかを少し話した。そして寝ようとした。「じゃあ寝るか」「そうですね」
ボクは少しの間眠れなかった。シュラフの中で今日の出来事なんかを考えていた。夜中に1度トイレに行った。そしてまた少しの間眠れなかった。それから何度か目が覚めた。「部屋だったら電灯を点けて、コーヒーを淹れて、パソコンやテレビを見るんだろうなあ」なんて考えていた。
(勝浦へんろ小屋から 秋の夕日)
この日の行程と費用
- 行程:恩山寺前バス停~ヘンロ小屋11号勝浦(勝浦郡勝浦町生名)
- 札所:18番 恩山寺、19番 立江寺
- 宿泊:勝浦へんろ小屋
- 出費:1,849円
- たなか屋
- イカフライ定食 600円
- ローソン勝浦町沼江店
- おにぎりかつお 105円
- おにぎり日高昆布 110円
- おにぎり紀州梅 105円
- 赤飯おにぎり 120円
- 薄皮あんぱん(3) 110円
- スニッカーズ 120円
- リポビタンD 153円
- (小計 829円)
- 自動販売機
- 缶コーヒー2本 240円
- スポーツドリンク 150円
- コピー代 30円
- たなか屋