田原にて

真夜中、ボクはぼんやりとあの頃のことを想い出していた。

駅周辺は切ないほど深刻にその頃とボクたちの距離を遠ざけていた。

あの日の夕方、ボクが座っていたベンチも、キミが哀しみの涙を流していた駐車場も、いまは遺跡のため息の中にある。ボクたちは出逢おうとしていた。夕方、潮風をたっぷりと吸った冬の風のスクリーンに夕日の赤が映し出されていた。たしかにボクたちは出逢おうとしていた。

昨日、同じ場所にボクはいて、同じ方向を見ていた。

真夜中、やっぱりキミは手を伸ばせば届きそうなトコロにいて、30センチというエイエンのカンケイでボクたちは繋がれている。

深夜の田原市内 田原駅前

さぼる日に田原に行った。さぼって行ったわけではないけれど、田原に行くと、こんなに近いところにあるのだけれど、なんだかとても懐かしくて、なんだかとても遠くに来たように感じる。蔵王山、トイレが新しくなったんだね。セブンイレブンの隣にあったドラッグストアは閉店したようだけれど、かわりに晩田信号のところにファミリーマートが出来ていたり、駅の近くにはずいぶんとアパートができていたり。

2006年の3月だったり、2008年の3月だったり、そうして2016年の3月だったり、もうそこには春がいて、ちゃんと見ると桜の蕾もはじけそうになっていたりして、それでもたっぷりと冬の切なさの装いの街が、同じように、エイエンのカンケイでボクたちを繋ぎとめている。

蔵王山に行った。惜日の残光の奥にある漁火だけの現実。

田原にて。

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