ボランティアだった頃、We are the World を歌っていた頃
ボクがボランティアから遠ざかってしまった理由は、例えば毎日のようにアフリカ難民のこと、どうやったら彼らを救えるかということを考えていたとしても、隣にいる、ボクの知り合いを救えなければ、それはとても嘘っぱちなことのように感じたからだ。
ボクの極親しい人が困っているというのに、まさか順序をつけて自分がやりたいボランティアということを優先させて、隣にいる人を見殺しにする、ということこそ反ボランティアスピリッツ、反人道的に思えたからだ。そしてそれはごく普通にほとんどの人がそう考えるのだろうと思う。
自分の利益を優先させてしまったら
それはボランティアではなくなるのだ。そう思った。まだ若かったし、そういった青臭い意見、書生論みたいなものが、とにかくボクの心の在り方だった。
そこに哀しみがあれば、一緒に涙を流してみたいと思った。そこに苦しみがあれば、一緒に痛みを分かち合いたいと思ったこともあった。そしてそうしてきた。
こうしてそんな日々を振り返ると、そんな考え方、そんな理論は、無意味なことで、ボクにとってはそういった「人のため」と思って生きてきた十数年は無駄な時間だったように思う。今のボクの状況がそういう思考にさせてしまうとしても、今の状況こそが全てなのだから…。
うまく生きることが出来なかったと思っている
例えばそういう経験を利用する人も多い。それよりも、人のことよりも自分のことを優先させる人も多いだろうし。ただ、ボクは、ボクがやってきたことを後悔しているというのではなくて、少しだけタイミングが悪かっただけだし、やっぱり努力不足という自己責任論に帰納するように考える。
要するに甘かったのだ。一生懸命するということは、時として将来を見えなくする。常に少し裏切りながら、愛しているという言葉を繰り返すほうがうまくゆくということだ。例えば、へそくりを貯めて熟年離婚するような。
隣人よりは自分の夢を追いかけたほうが良いのだろうし、そしてもしそれで失敗したとしても納得のゆく生き方になるのだろうと思う。会社のためとか人のためとか考える時は、常に自己利益とセットに考えないと、献身的すぎると結局最後は燃え尽きてしまうということ。好きな人に横領した金を貢ぐようなものなのかもしれない、と思う。
隣の人のことを考えることは難しい
例えばテレビの向こうで流されていることは簡単にイメージできたとしても、隣に住むオジさんが孤独死することには無頓着であったりする。そして何日も気付かなかったりする。例えば、24時間テレビの募金は毎年するのに、公園でホームレスの人がうるさいと通報したりする。
ボクたちはその事実をスクリーンからではないと実感できなくなっているのかもしれない。あるいは、自分の感覚ではなくて、マスコミを通してではないとうまく神経が機能しない状況になっているのかもしれないと思う。ボランティア不在の時代なのかもしれないとも思う。
We are the World
あの頃、マイケル・ジャクソンやスティーヴィー・ワンダーが「We are the World」を歌っていた。そしてボクは、そのことに随分とうろたえた。
ボクが何もできていないことを考えていた。そんなことは普通は考えないくていいことだったのだとしても。あの100万人規模のstarvationの事実を突きつけられて平気でいられるはずがないと思った。
隣で人が死んでいるのだから。ボクはそうだったのだ。
今、この国でも100万人もの失業者がいて、全てが飢餓状態にないとしても、少しだけ状況が悪くなればそこに陥ってしまう人々が溢れている。たぶん、普通に生きている人たちにとっては、そのことはとても想像できないことだったりするのだろう。
ハローワークの前の道路が混んでいるということぐらいで、死体が道路に転がっているわけでもないのだから。
ホームレスという難民
ホームレスというのは難民で、この国だから餓死しなくて済んでいるということなのだ。飢餓状態にあるということは同じなのだ。格差が難民を救っている、ということなのかもしれない。
だから都会に難民は行く。豊かな人のすぐそばで難民が暮らしているという状況なのだ。そしてその難民たちは礼儀正しく、夜が明けるとどこかへ消えてゆく。格差の中にあっても「迷惑」ということを考えている。
そういう現実が毎日毎日繰り返されているのに、誰ひとり「We are the World」を歌おうとしない。あの時、Band Aidが結成されたように、そしてアフリカを救おうとしたボランティアスピリッツがアメリカで起こったように、この国の人たちにはそれがないのだろうか。同胞が苦しんでいるというのに。
そして全ての財産を失わなければ難民として認定されない、いわゆる生活保護も受給できない状況なのだ。そしてなおも肥え太って、ダイエットをするという、拡大の病におかされている。
マイケルジャクソンの死
マイケル・ジャクソンが死んで、そしてあの頃の映像が流れる。アーティストとしても、そしてノーベル平和賞に2度もノミネートされた生き方も、素晴らしかったと思う。
この国には政治的な活動としての平和賞受賞者は出るかもしれないけれど、文化的活動として、ミュージシャンが平和賞にノミネートされるなんてことはないのだろうと、思った。まして企業なんてのはないのだろうし、その企業がパトロンであるテレビに出る人たちには無縁なことなのだろうと、マイケルの訃報を聞きながら考えた。
さよならマイケル。
悠々さん、どうも。
そうですね、そういうのは羨ましいですね。
ほとんどの人は、四十九日過ぎれば、一回忌過ぎれば、みたいなもんですもんね。
きっと「マイケルが死んだ時、ボクは」なんて文学でも使われるのだろうし。
こんばんは。マイケルサンは、漸くゆっくり眠れますね。よく頑張りましたね。お疲れ様です…と、お伝えしたいです。
もう何も悩まなく、不安になることもなく、ですが、人々の記憶には残るし、これからも色々な形で残るでしょうね。
痛風さん、こんばんは。
そうですね。そのままにとっているのかもしれませんね。情なんかかけちゃダメだと。
元来…、情け知らずなのかもしれないですね。格差ありの社会でしたし、殺すのも平気なところがありますし。宗教も救ってくれないし…。
「情けは人の為ならず」
この言葉の意味が変質しているのだと思います。
いや、むしろこんな言葉がある事自体、日本人は元来情け知らずなのかもしれないと思ったりします。
24時間テレビ
We are the World を歌っていた頃 のことを考えることは難しい。例…