バカまじめな男

愚直、なんて言葉がある。

『[名・形動]正直なばかりで臨機応変の行動をとれないこと。また、そのさま。ばか正直。「―に生きる」』と国語辞典にある。ぐちょく【愚直】の意味 – 国語辞書 – goo辞書

トヨタでは、よく使われる言葉だ。「愚直な人材育成」とか「愚直に高い品質を」なんて、とにかく「愚直」が社是のように(たぶんそうだろう)使われる。入社式でも、期間従業員の説明会でも、現場でも、寮でも、使われる。

果たして、ほんとうにそれは良いことなのだろうか?そう思う。「正直なばかりで臨機応変の行動をとれないこと。また、そのさま」な人間ばかりの世界を考えると、ちょっとゾッとするんだ。ロボット社会、あるいは、社会主義国家、なんてものを想像してしまう。人びとはバカ正直に、例えば「マンセイ」を繰り返す、どこかで見た光景だ。

確かに、企業にとっても国家にとっても、愚直な社員や国民のほうがありがたいだろうし、組織のためにだけに愚直に存在してもらったほうが効果的だろう。死ねと言われれば死ぬ構成員のほうが、会社のためだけに生きる人間のほうが、ありがたい。

トヨタの現場、ライン作業では「臨機応変な行動をとる」ことは禁じられていて、なにかあったら「止める、呼ぶ、待つ」ことが正しい。

ある従業員がライン作業中に指を切った。その従業員は、バカまじめだったので、決められた通りラインをストップし、呼出ボタンを押して職制(上司)が来るのを待った。その間にも出血は続いている。「どうした」とややキレ気味のGL(グループリーダー)がやってきて叫んだ。その従業員は言った。「指を切ってしまったんですが、どうしましょうか?」痛みを我慢してそれだけは言えた。隣の従業員はその様子を見ていたのだけれど、これまたバカ正直にラインが停まった時に決められている掃除をしていた。その隣の従業員も同じように治具の手入れをしていた。全員バカまじめにマニュアル通りに行動をした。指を切った従業員が医務室に連れて行かれ、その替りの従業員がラインに立った瞬間にガタンとラインが再稼働した。ラインが動き出すと、全員やっと安心した。

なんてジョークがあるのだけれど(まんざらジョークではないのだけれど)、確かにライン作業に対して愚直だ。サービス残業も過労死も脱税も大塚家具の親子喧嘩も、愛社精神と愚直さから起因する。

「バカまじめな男」という日本郵便のCMがある。どうも嫌なのだ。いや松本人志さんは好きなのだけれど、あのロボットのような松本さんの目が嫌いなのだ。きっと、そういう風に演じていて、ボクと同じような感覚をもっていて、自身をロボット化するというギャグなのだろうけれど。

たぶん、バカまじめな男は、一昔の郵便配達のおじさんのように、玄関で時候の挨拶をすることもなく、余分な話をすることもなく、まるで機械のようにキチンキチンと配達を繰り返すのだろう。もう郵便配達のおじさんは民営化とともに消えてしまったのだ。そんかわりに「バカまじめな男」たちが、マニュアル通りに一切のムダを省いて、ライン作業のような配達をするトヨタ式配達システムが完成しつつあるのだ。

それは良いことなのだろうか?

道端に落ちている20円は拾って交番に届けるだろうけれど、想定外のマニュアルに載っていない臨機応変な行動を取れない。いやなによりも、自分たちが負った義務はバカまじめに遂行するけれど、権利は、それをキチンと主張できるのだろうか。愚直ということが企業側経営側の都合だけで、洗脳の道具として使われているとしたら、バカまじめな男たちは、それこそ本当のバカになって、企業のためには命まで捨てる、まるでどこかの国であった悲劇のようなことが繰り返される、そう思うのだ。

松本さんの目を見ていると、ロボットのような目を見ていると、そうしてラインダンスを踊るトヨタの現場を思い出すと、権力が愚直を美徳として利用することはとても危険なことだと思うのだ。世間が愚直さを認めるのであって、国家や権力はそれを利用してはいけない、そう思うのだ。

日本郵便 バカまじめな男CM

この姿勢で、そして信号待ちでもかけあしを止めない、というのは「バカまじめ」ではなくて「いじめ」かもしれないと思うのだけれど。

タクトタイムは30日(2) | 道中の点検

CMギャラリー – 日本郵便

4件のコメント

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    テルさん、どうも。
    いえ、まだお若いのですから、先を急ぐこともないと思います。まあ、タクシー業界はいつでも募集していますから。
    ここでももう少しタクシーのことが書けたらと思っているのですが。
    今朝の日経に出ていましたが、どの企業も期間従業員不足ということですね。9月から田原工場も土曜出勤が始まるとか。
    ライン作業の良いところは、無になれたことかな。
    9月になれば二直の昼食時は涼しさも感じられたような記憶がありますが…。

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    田原笠山さん、こんばんは。今週から仕事が始まりました。暑さが大分収まってきましたので仕事はしやすくなってきました。
    いきなりで恐縮なのですが、本当は半年で満了予定だったのですが考え直してもう半年やってみようと思い延長の申請をしました。今の工場の状況だと更新は確実そうなので1年になりました。満了したらタクシー運転手さんの事について色々お話が聞けたらと思ったのですが申し訳ありません。
    ですが私は愛知県の人間で豊橋で落ち着こうと思っておりますのでお話をお聞き出来たらと思います。まだ残暑もありますので体調に気を付けて下さい。
    ブログを拝見しましたが私もライン作業をしておりますのでこういう状況になりそうだなあと思いました(笑)

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    やすおさん、どうも。
    そうですね。
    「バカまじめ」というよりも「バカ」だけを抽出しているような表現ですね。あの姿勢で走ることが「まじめ」な郵メイトの正しい姿ならば、ちょっと異常かな。
    主人公が松本人志さんだから許されているような…。本当のアルバイトならばパワハラなんて言われそうなんですが。

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    お久しぶりです。
    20円落ちてましたCM。
    あまり現実的ではないですよねぇ。
    2万、20万、200万だったら、それを交番まで届ける人がどれ程いるか…。

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