トヨタ総会と新型株発行で考えたこと

昔、Gさんのアパートの隣には自称「相場師」を名乗るオジサンが住んでいて、いつも部屋からは短波ラジオの株価実況が聞こえていた。相場師なんて人を初めて見たボクは、オジサンを少し不気味に感じていたし、少しだけ怖かった。博徒とかヤクザみたいなイメイジがその名称にくっついてボクの意識に存在していたんだ。「きっと龍の刺青が背中にあるにちがいない…」なんてちょっとビビっていた。

株というものが今よりももっともっとマイナーな存在で、今のように気軽に取引できるようなものではなかったし、なんだかとても敷居の高いものだったように思う。そうして株取引きをする、主にオジサンたちだったのだけれど、そんな人たちに対してボクのようなイメイジを抱く人も多かったに違いないと思う。とにかく株というのもは一般の人(なにが一般なのかは分からないけれど)とは縁遠い存在だった。

トヨタ自動車の株主総会があった。

「トヨタと一緒にやりましょう。」と社長が大声で叫んだそうだ。いったい何を「一緒に」やるんだろうか?ボクはまずそう思ったし、すぐに頭に浮かんだのは「派遣労働法改正」だった。

「AA型種類株式」と言われる新型株は(アスキーアート型みたいでなんだかカッコイイね)元本保証されるということで、「株はなあ」なんて思っている人にとっても購入しやすいものになっている。トヨタ株だ、倒産しないだろうから損はしない、と、普通の人は思うに違いない。金あまりの超低金利時代だ、5000億円分なんて即売に決まっている。ボクだってお金があれば1億円分ぐらいは買いたい。なんせトヨタ株だ。元本保証だ。間違いない。

トヨタの株主が確実に増える。それも今まででは考えられないような人たちも株主になる。隣のミヨちゃんも、その隣のお杉婆さんも、大工の源さんも、トヨタの株主だ。一億総トヨタの株主、とは大げさかもしれないけれど、トヨタの目指すところは結局はそこなんだろうと思った。

労働者と株主の境界線が曖昧になってしまっている。例えば期間従業員だって株主だったりする。その境界線の変化が労働環境を変えてしまっている。企業の利益を優先に考えるのが株主だとすると、その利益に相反するのが労働者の利益だ。いや労働者の利益というよりも、非正規労働者の利益と言ったほうが正確かもしれない。配当>非正規労働者の利益なのだ。

派遣切りが行われ、期間従業員の雇止めが行われた2008年、しんぶん赤旗に「三千人の「期間工切り」を計画しているトヨタ自動車は、配当のわずか三円分、創業者の豊田家の二人への配当四年分だけで三千人の期間工の雇用は維持できます」という記事が出た。その「わずか3円」よりは期間工を捨てた。それはなにもトヨタだけではなくて日本の製造業が非正規労働者よりは株主の利益を優先したのだ。同胞を簡単に切り捨てるのが日本の企業で資本主義なのだ。そうボクたちは学んだ。そして企業活動は国民や国家のためよりも株主のためにあるということをハッキリと宣誓したのが2008年だったのだ。

「トヨタと一緒にやりましょう」と、国民全員で「労働者切り」が行われる。今度は、その被害者である労働者、非正規労働者も株主になる。みょうな構図だ。自らが自らを切り捨てて企業の利益だけを追求するようになる。一億総株主の時代の到来だ。企業の利益のためには「改正労働者派遣法」なんてのものはどんどん可決してくれと思うに違いない。企業は新規株主という「味方」を増やしたのだ。一蓮托生ということなのだ。

「トヨタと一緒にやりましょう」そして「FUN TO DRIVE」、ドライブするのはクルマではなくて企業利益なのだ。本当にトヨタと一緒にやっていいのだろうか。何か違う方向にこの国が突き進んで行くように感じる。うまく言えないのだけれど、微妙にコントロールされてこの国の労働市場、要するに国民が間違った方向に迷い込んでしまうように思うのだけれど。自分の身体を食べて生き延びるのだから…。「トヨタと一緒に死にましょう」…。

Gさんの隣に住んでいた自称相場師のオジサンは、毎日短波ラジオで市況を聞いていたのだけれど、毎日株を売ったり買ったりなんてことはやっていなかったし、そんな環境でもなかった。たぶん、ずっとその株を持ち続けていて、その株に愛着があったのだろうと思う。その株というよりもその企業になんだろうけれど、今よりもずっと株取引に正義が介入していた時代だったように思う。

トヨタ株主総会、新型株を承認 個人安定株主増やす :日本経済新聞

井上あさひ webnews
記事とは関係ないけれど、井上あさひさんが「NEWS WEB」に出ているもんだから、やっぱりついつい見てしまうね。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA