雨遍路(37日目の1)

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5時少し過ぎたあたりで目がさめる。京都からの区切り打ちの男はパッキングをしていた。小さな声でお互い挨拶をした。外はまだ暗かった。流れる雨を街灯が映し出していた。

男は5時40分の松山行き普通電車に乗って伊予小松に行くと言った。ボクたちの話し声で起されたのだろうアベック二人連れの遍路も起きた。挨拶をする。まだ少女の面影の女の子は恥ずかしそうにしていた。

男は電車がやってくる少し前に改札を抜けてホームへと向かった。「また」「お気をつけて」という声が狭い待合室に響いた。ボクは自動販売機に行ってコーヒーを買う。雨。少し先のタバコ屋の軒下にはテントが張っていて、昨夜駅に泊まることができなかった遍路が寝ているらしかった。

出発の準備をする。アベックが今日の予定を話している。まだ20代前半の彼らの話を聞いていた。すると、どうも聞き覚えのあるイントネーションで女の子は話す。彼らの話が一段落した時にボクは訊いた。「九州のあの辺りの出身だよね」

すると彼女は驚いて「え~、分かりますか」と言った。「分かる分かる、オレもあのあたりだからね」「え~、そうなんですか」「ちょっと離れているけれど、知り合いがいるよ」「すごいですね」という話から始まって、彼女は出身校なんかのことを話してくれた。

それでも色々な事情はお互い聞かなかった。ボクも、ふたりの関係とか、どうして野宿をしているのか、なんことは聞かなかった。

出発の準備が出来た。レインジャケットを着た。「さてと」と席を立つと、その女の子が「これ、お接待です」と500円をくれた。「え、どうしたの」と訊いた。すると「昨日横峰寺で1000円頂いたので、おじさんにも」と言った。「そっか、ありがとうね」とボクはそのお金を頂いてから「じゃあ、先に行ってるよ」と駅を後にした。「お気をつけて」と同時に声がした。

同じ遍路からみかんや食べ物を頂いたことはあるがお金は初めてだった。無財七施、お金のない若者ふたり、ひとり2500円ほど出し合えば駅隣のラブホに泊まれるだろうに、雨の中を冷たい駅の待合室で眠っていたふたりの、純粋な遍路心に感動をしていた。ボクに出来るだろうか、と考えた。「500円あれば」と人は考えてしまう。物の貧困は心の貧困を引き起こす。そのふたつは全く別のものなのだけれど。そして心の貧困こそが真の貧しさなのだ。

6時20分に石鎚山駅を出発した。小雨が降り続いていた。サンクス西条洲之内店に寄る。おにぎりとお茶、そしてポテトチップスを買った。511円の買い物だった。それを歩きながら食べた。

新居浜市、雨に煙る山並み
(雨。新居浜市にて)

加茂川を渡ると西条市街地の賑やかな風景になる。雨がその風景をインターレース加工していた。雨の日はそれだけで哀しくもなった。写真を撮る機会も極端に減る。カメラをザックに入れて、そしてカバーで覆っている。休憩もままならない。濡れた姿でコンビニに入るのも気が引ける。それでも寒さがトイレの回数を増やす。

8時20分、松山自動車道西条ICのすぐそばにあるローソン新居浜大生院店に寄る。買い物というよりもトイレ。そしておにぎりを買う。雨は止みそうで止まなかった。

11時00分、新居浜市舟木、国道11号線沿いのデイリーヤマザキに寄る。ここでもトイレ、そして肉まん2個を買って食べる。上り坂、関の戸から下り、旧道を通る。

11時30分、関の川バス停、少し休憩。雨を避ける。雨の中を出発。12時50分、四国別格二十霊場第十二番延命寺に着く。休憩所にて休憩。新居浜のローソンで買ったおにぎりを食べる。札所がない分距離も時間も長く感じていた。13時10分、出発。すこしだけ青空が見えてきた。

梵鐘と紅葉の山門をゆく参拝客ふたり
(65番札所三角寺にて)

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