夜逃げ遍路(35日目の3)

◁前へ 目次 次へ▷

生木地蔵(生木山正善寺)に着いたボクは、納経所と思われる建物のほうへと歩いて行った。お婆さんとお孫さんだろう女の子が入り口ちかくに座っていたので「なまき地蔵はここでしょうか」と訊ねた。老女は「いききですよ」と言った。

「あっ」とボクはその間違いをまた繰り返したこと、そのことに驚いた。一度目は途中、道を訊ねた時に言ったのだ。「生木」を「いきき」と最初から読めないで「なまき」と読んでいた癖みたいなものが出たのだ。地図にも「いきき」とルビがふっていたのだけれど…。

「すみません」とボクは詫びて「こちらで泊まらせていただけると聞いたもので」と言った。すると老女は「その上にお泊まりいただいたのですが、今はいろいろあってお断りしているんですよ」と答えてくれた。「そうですか。それではこのあたりでどこか泊まれるような場所はないでしょうか」とまた訊いた。「その先の曲がったところに公園があって、そこに寝ているお遍路さんもいるみたいで」と教えてくれた。少し詳しくその丹原総合公園への道を聞いてお礼を言って生木地蔵を後にした。

丹原から夕焼けの60番札所横峰寺方面をのぞむ
(明日は横峰寺、あの山へ向かってゆく)

風景は哀しすぎるほど静かだった暗い道は距離よりも長く感じる。不安になっていた。橋の手前で車を止めて訊ねた。というか確認した。30分、(とても長く感じたのだけれど)歩くと大きな公園らしきところに着いた。18時00分。そしてその公園に併設さえている球場のほうへと歩いて行った。球場のベンチ、最初の夜の上板スポーツ公園が思い出された。そしてぐるっと一周回って、三塁側のベンチに座った。それからパンとソーセージを食べた。途中で缶コーヒーを買っていた。もう冷えてしまっていたのだけれど、ねぐらが決まると安心した。18時30分だった。

疲れていた。マットを取り出して空気を入れた。寝袋も出してその上に広げた。そしてもぐり込んだ。もうそのまま眠ってしまおうと思っていた。駐車場で人の声がしていた。

すると突然、隣接しているテニスコートの照明が点いた。あのナイター設備の電灯独特のゆっくりした点き方をした。賑やかな声がしてきた。そしてボールの音が響いてきた。それでも少し離れた場所なので関係ないと思って寝ていた。5分いや10分すると、野球場の電灯がパッチっと音を立てて点った。そしてまたあの独特の光がゆっくりと球場の中央を照らした。

「あ、ここもか」とボクは慌てて寝袋から出た。何人かがセンター側の入り口からグランドに入ってきた。ボクはマットと寝袋を持ち、そしてザックを背負い菅笠、金剛杖をつかむと、ベンチの横の出口からグランドの外に出て、それからグランドに沿ってセンター入り口に向かった。夜逃げ遍路、みたいなもんだなあ、と笑った。誰も何も言わないけれど、何か悪いことをしているように思った。実際そこは寝るところではないので、悪いことなのだろうけれど。

体育館の上の東屋に行った。そしてベンチにマットを敷き寝袋を広げた。グランドではサッカーの練習が始まっていた。19時から21時か22時まで、その時間で借りているのだろうと思った。下の体育館ではバレーボールをしているような音や声が聞こえてきた。

東屋の場所は暗闇だった。
惨めだとは思わなかったけれど、ネズミのような自分を想像していた。コソコソすることもないのかもしれないけれど、後ろめたさがあった。

スポットライト、というよりも、脱走犯が見張塔からのサーチライトに照らされている、そんな感じだと思った。21時を過ぎると電灯は消えてゆき、そして声もなくなり、駐車場を後にする車の音が泣き声のように聞こえた。さよならの合図なのだろうクラクションが闇に突き刺さった。

喩えようのない暗さが訪れた。暖かい夜が救いだった。

丹原総合公園東屋から見えた西条市街地の夜景
(丹原総合公園東屋から見えた西条市街地の夜景)

この日の行程:ホテルポートサイト今治(今治市通町)~丹原総合公園(西条市丹原)

この日の札所:56番札所泰山寺、57番札所栄福寺、58番札所仙遊寺、59番札所国分寺

この日の宿泊:東屋ベンチ泊

この日の出費:1,359円(納経代、お賽銭別)

・サークルK今治片山店
ニッスイジャンボソーセージ 113円
ブラックサンダー×3 93円
カロリーメイト 210円
貼るカイロ1P 53円
(小計 469円)

・ラーメン福ちゃん
中華そば 400円
おでん厚揚げ 100円

・自動販売機
缶コーヒー×2 240円
スポーツドリンク 150円

◁前へ 目次 次へ▷

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA