ひよりんと業界の悲劇的な知

ひよりん氏は、新潟市三条市にある三条タクシー1のドライバーです。そしてSNSでは有名な人だそうです。特に、TikTokでは10万人ものフォローワー数のいる、いわゆるインフルエンサーだということです。
ひよりん (@hiyorin_1997) | TikTok

Twitterで炎上したことで知ることになりました。

三条タクシーSNS炎上の深淵 公式アカで堂々&無邪気な「性的投稿」、時代遅れな“昭和ノリ”の耐えられない軽さ(Merkmal) – Yahoo!ニュース

発端となったのは、

 

「女性が運転手になることがまだ少し抵抗のある時代だからこそ、彼女は勇気を出して入ってくれた。今うちには3名の女性ドライバーが居るが、全員20代である。ちなみに、全員めちゃくちゃ可愛い。繰り返す。全員めちゃくちゃ可愛い。他の2人はSNSで顔出しをしていないので、乗れたらラッキーです」

 

という投稿だった。

無邪気な犠牲者という悲劇

今回、ひよりん氏のことを書こうと思ったのは、氏への同情からです。理由は、同じ時期に同じタクシー業界で、コロナ禍をしのいできた同志だからです。確かに投稿内容を見ると「耐えられない軽さ」のものもあるかもしれません。しかし、それは事後的なものであり(つまり、炎上まで分からなかった。性的かどうかの判断ができなかった)、だからこそ悲劇的なのです。そして、その無垢で無邪気な有罪者は、今、犠牲者になっています。そしてあまりに一方的で、業界のコロナ禍での苦痛を理解していないからと思うからです。さらに、氏自身の苦しみの背景も切り捨てられている、そう感じているからです。

それでは、ひよりん氏と三条タクシー炎上事件を、ボクの主観だけで綴ってみます。

コロナ禍のタクシー事情

ひよりん氏が三条タクシーさんに入社したのは2021年です。新型コロナウイルス感染症による、緊急事態宣言やまん延防止措置で、タクシー会社の経営はどん底の状態でした。ボクの住む東三河南部交通権では、2社倒産廃業しました。2地方のタクシー事業、いえ、全国的に、会社と働くボクたちは疫病神に取り憑かれていたのです。

コロナ禍のタクシー収入 新潟県 ひよりんの悲劇

コロナ禍のタクシー収入 2019年比

救い主が現れるまで

その2020年3月からのタクシー会社の売上は、2019年比で、66.3%、 46.1%、 43.4%と落ち込んでいきました。コロナ感染症は移動産業であるタクシー業界を直撃しました。瀕死の状態になったのです。

それでも運転手は、雇用調整助成金が支給されたので、なんとか生き延びることができました。しかし、8,330円の上限(のちにコロナ特例として15,000円に変更されました)では最低賃金の金額に届かない人も出てきました。その低賃金と感染症に対する恐怖から、離職する人が増えました。これが現在起きている運転手不足の発端です。

そして倒産、廃業する会社が出てきたのです。

ひよりん登場

このような業界最大のピンチの時期、2021年にひよりん氏が入社しました。離職者の増加する中での入社で、三条タクシーさんは大喜びしたことでしょう。入社したというだけではなく、「23歳」の女性が入社したのですから。そのことは、同じ地方で踏ん張っていたボクにも容易に想像できます。その場にいれば、「奇跡だ」なんて、飛び上がって喜んだでしょう。

ボクたちの周りは、行き先さえ見えない闇があり、得体の知れない空気が漂っていた、そんな中で明るい光と爽やかな風が吹いた、そんな感じだったに違いありません。

そしてボクたちの挑戦

コロナの闇はいつまで続くか分かりませんでした。ボクたちは、疫病神が去ってゆくのを、傍観していたわけではありません。例えば、勤務体制を大幅に変更しました。休業を増やしながら、日車(1車あたり1日の売上)の増加を試みました。3また、走行距離や待機時間の短縮する施策を行いました。

国も上述の通り、雇用調整助成金の支給上限を8,330円から15,000に増額しました。また、ワクチン接種業務、休業要請での夜間店舗見回りタクシー、など、違った形での特需もありました。

既存観光拠点再生・高付加価値化推進事業

2021年の年末からは、令和2年度3次補正予算事業で、既存観光拠点再生・高付加価値化推進事業の募集が始まり実施されました。つまり、タクシー事業の高付加価値による生産性の向上、というわけです。4

ちょうどこの頃からです。ひよりん氏のTikTokへの投稿が始まり、人気者になっていったのは。そして貸切運行を始めたのでしょう。ボクたちも「観光タクシー」や「ほの国おいでんタクシー」「救援タクシー」を行いました。この事業での補正予算を使ってです。

観光タクシー

新城観光タクシー、ほの国おいでんタクシー、そして三条タクシーさんでは「ひよりんタクシー」を始めました。しかし、中身は同じではないのです。三条タクシーさんの試みのほうが、真面目でした。とても純粋に、会社経営と地域貢献を考えていたと思います。ボクたちは、どちらかというと「予算が出てるから」という、業界の、いつもの、咎なき咎だったのです。(咎なき後ろめたさ、はあるでしょう)

善なるもの

言い換えれば、ひよりん氏の方が善で正義だったのです。それは、氏の言う「こんな私を雇ってくれた会社」に対しての、誠実で良心的な恩返しだったはずです。

ひよりん「そんな私でも正社員で雇ってくれて」新潟一番テレビニュースより

「そんな私でも正社員として雇ってくれて」この言葉に、氏の誠実さと良心、そして悲劇性を感じるのです。ボクたちは、すでに「感謝」なんてことを忘れています。氏は、本当に感謝していたのだと思います。なぜならば、タクシー会社に応募する人の多くは、就職に困っているからです。地方は特にです。

ボクもそうでした。期間工としてやって来た街での就職は難しいものがありました。リーマンショック後だったこともあったのでしょうが。「保証人は、良いよ」と、あの時の部長が言ってくれた時は、まさに「そんなボクでも正社員として雇ってくれて」だったのです。

責められるもの

確かに、責められるような行為はありました。でもね、それもひよりん氏の不可避的な負い目からのものなのです。「私でも正社員として雇ってくれて」という、この悲劇こそに責任があるのです。その正体は何か、ということです。

今、ボクが、非常に感情的な言い方になっているのは分かっています。でもね、少しは分かってやれよ、と思っているんです。いえ、それは無理なことなんでしょう。そこには「真理同士の対立5」があり「善なるものゆえの破滅6」が用意されているからです。

それでも、無邪気なひよりん氏は、今、犠牲者になってる。血祭りにあげられている。それも面白がって。もう良いだろう、と言いたいのです。これ以上、犠牲者でもあるひよりん氏を責め、どうしたいのでしょう。無邪気な、そして無垢な、悪意のない行為に対して、どれほどの罪があるのでしょう。

そう考えているのです。ボクたちが本当に対立しなければならないものは、悪意のあるもの、邪気のあるもの、なのです。そして、ひよりん氏を犠牲者にしたのは、その正体なのです。その正体が曖昧になったまま、ひよりん氏はタクシー業界を去っていくそうです。追い出した、のでしょう。

高付加価値推進事業としては、90%まで成功させました。少し道を逸れた、成功を喜びすぎた、のでしょう。それはひよりん氏の責任だけではありません。地方の、就職難の、女性の……、それら全てが、責任なのではないのでしょうか。それらを含めて、地方のタクシーの悲劇でもあります。

参考文献

  1. 三条タクシー株式会社 | 新潟県三条市で80年以上続いているタクシー会社
  2. キングタクシー廃業 – コロナ禍でのタクシー会社
  3. 例えば、供給を抑え、配車集中することにより実働率をあげた。深夜帯の泊まり業務を半分にした
  4. 観光タクシー、既存観光拠点再生・高付加価値化推進事業について
  5. ヤーパスの悲劇論 悲劇論的な知と救済および連帯
  6. ヤーパスの悲劇論 悲劇論的な知と救済および連帯

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