社会的地位とタクシー運転手

運転手不足は低賃金とそれを含む労働環境が原因とされています。さらに「社会的地位」という問題も取りざたされています。今回は、その社会的地位という、何かモヤっとしたことを元に、なぜ人気がないのかについて考えてみます。

あやしい風土と慣習

運転手不足の原因は低賃金や社会的地位、それらを含めた「人気がない」ことです。

その理由として「あやしさ」があると思います。あやしさの正体は賃金制度、勤務時間、運転手負担など、業界の中にいるボクたちでさえ理解しにくいタクシー業界の制度や仕組み、そして慣習です。つまり、あやしいところです。

あやしい賃金制度

例えば、低いとされる賃金制度は「A型B型AB型」などの類型があります。そして「累進歩合給」「積算歩合給」など聞きなれない賃金制度が登場します。

さらに、国による認可制なのに会社によって違う歩率。いえ、その会社の中においても勤務によって賃金制度が違う、というよく分からないこと満載なのが、タクシー業界の賃金制度なのです。

あやしい勤務時間

賃金もですが、その基礎となる勤務時間もいろいろです。労働時間と拘束時間の二本立てです。長時間労働になる勤務ダイヤを設計している会社もあります。例えば、拘束時間を延ばすために休憩時間を増やしながら労働時間を短縮する、そんな「知恵の結晶1」さえあります。

あやしい人たち

運転手によるお客様へのハラスメント(通称タクハラ)が問題化される、そんな業界が他にあるのでしょうか?

タクシーハラスメントタクシードライバーからハラスメントを受けたという、タクシーハラスメントについて、驚く事例をもってSNS上で話題になっています。 そして「タクシードライバーによる女性客へのタメ口…
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タクシーハラスメント

のようなタクシー車内でのハラスメントの特徴として「密室性」があります。カスハラ、タクハラどちらも密室だから起こりやすくエスカレートします。そして、タクハラは主に弱者、女性客に対して行われています。

あやしく、いやらしい人たちも多いのかもしれません。

あやしい環境

昔のタクシー運転手と言えば、待機時間に車内で競馬新聞に赤鉛筆、ではないですか?そこからタクシー運転手の地位が逆算されていました。つまり、勤務中にギャンブル、不健康そうな体形、借金…≒ あやしい人たち、ではなかったのでしょうか。

その自由な環境は、タクシー運転手の特質でもあります。つまり、営業所外で営業方法、場所、時間、全て運転手が決めることができます。上司も部下もいません。タクシー車内では社長です。そんな自由な職場環境はタクシーの良いところでもあります。しかし、その自由さこそ、ハラスメントを含む事件の温床なのかもしれません。

そんな「あやしさ」も、先輩たちの努力や業界の施策によりなくなりつつあります。しかし運転手によるタクハラやセクハラ、猥褻事件はなくなりません。

社会的地位は低いのか

「あんまり良い仕事じゃないんだよね」
「若い時にする仕事ではない」
「ほかになかったから」
……

そう口にする運転手がいるのも確かです。

それどころか「底辺職」だと運転手自らが言います。社会的地位云々という前に、ボクたち自身が自分たちの職業を貶めているのではないのでしょうか。その劣等感こそ問題ではないのでしょうか。

お父さんはタクシー運転手

「お父さんはタクシー運転手」だということから、イジメや離婚問題に発展するケースがあるそうです。もしそのことが本当ならば、ボクたちは自信をもってその差別に立ち向かわなければならないのではないのでしょうか。

しかし「タクシー運転手は底辺職だ」「良い仕事じゃない」と言っているのは、上述したように、運転手なのです。誰か言っているのでしょうか?言っているのなら、職業差別をするその人こそ問題があるのではないのでしょうか。

職業に貴賤なし

職業の良悪、善悪、優劣、そして貴賤があるのでしょうか?どんな職業でも必ず誰かの役に立っているはずです。

例えば、ボクたちのタクシー事業は、公共交通機関として社会を支えている社会資本、社会インフラです。その運転手はエッセンシャルワーカーとして、地域の人たちの移動を支えています。そのことはコロナ禍において社会的に認知されたのではないのでしょうか。

つまり、「お父さんは運転手」と自慢しても良い職業なはずなのです。

社会的地位=人気を高めるために

しかし、将来はタクシー運転手になりたい、なんて声は多くはありません。そして運転手自らが上に書いたように卑下しています。

なりたい職業

下の図は第一生命が行ったアンケート調査です。高校生の「大人になったらなりたいもの」です。男女ともトップは会社員です。運転手という職業は男子の8位に鉄道の運転士がランクインしているだけです。(会社員という回答の中に、運転手も含まれているかもしれませんが)

「大人になったらなりたいもの」調査結果を発表 第一生命

図1 第33回「大人になったらなりたいもの」調査結果を発表2

エッセンシャルワーカー

 

なりたい職業の理由 アンケート

図2 選んだ職業になりたい理由3

注目すべきは、選んだ職業になりたい理由で「誰かの役に立ちたいから」が2位、3位です。

会社員、公務員、教師/教員、幼稚園の先生、医師…、これらを選ぶ理由が「誰かの役に立ちたいから」なのでしょう。だとすると、タクシーも十分「誰かの役に立」っています。いえ、誰かの役にたつ職業がタクシー運転手なのです。

なのに人気がないのはどうしてでしょうか?

労働環境

労働環境の話になると「賃金」がまず出てきます。しかし「賃金」の多寡と「危険」の多少は交換条件にあるのではないのでしょうか?図2の調査結果においても「収入」は4番目です。

賃金でタクシー運転手を選ぶのは、転職する人たちに多いのではないのでしょうか。このアンケートの通りで「好きだから」好きなことを職業とすることが幸せだと考えているのです。そしてそれを子供たちは直感的に理解し選択しているから、「好きだから」が全ての層で1位なのです。

となると、ボクたちはどうしてタクシー業界に入ってきたのでしょうか?

好きだから選んだのでしょうか?

ボクたちは、ボクたちの仕事を好きなんでしょうか?

好きですか?

そこが問題なのかもしれません。そしてその「好きだから」ということが解決策になるかもしれません。

ボクたちは、自ら「良い仕事ではない」と喧伝しています。それではいつまでたっても人気はでません。つまり、ボクたちの考え方を変えることです。仕事を好きになることです。

そして業界の中からあやしさを排除しなければなりません。運転手が安心安全に働ける場所にしなければ、いつまでたっても「良い仕事ではない」と運転手自らが自白するようになります。

働いているボクたちが「良い業界だよね」、とならない限り、誰が良い業界と感じてくれるのでしょうか?「楽しい仕事だよね」と言えなければ、いつまで経っても、あやしい仕事のまま、人々から敬遠されるのだろうと、思います。

*こんなことを書いているボクも業界を去っていきます。なぜならば、あやしい業界だからです。
これも一生懸命、ポジティブに書いています。そうしなければならない、それが問題なんだよなあ。

  1. (2017)「総合研究 日本のタクシー産業」慶應義塾大学出版会,p133)
  2. 第一生命 第33回「大人になったらなりたいもの」調査結果を発表
  3. 第一生命 第33回「大人になったらなりたいもの」調査結果を発表

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