タクシーは急げないんです
タクシーに関するアンケート調査1によると、タクシー利用者の17%程度が「急いでいる時」にタクシーを利用すると回答しました。
その傾向は年齢が若くなるほど高くなっていて、20歳未満では36%にもなります。
図1 タクシーに関するアンケート調査結果2021年度(第30回)
他罰的指示命令の「急いで」
タクシーを利用する目的が「急いでいる」のだから、「運転手さん急いで」になります。そのことは「急いでいる」と言っているのに「急がない」とトラブルになるということを暗示しています。
さらに、「急いで」と言ってる利用者はすでにタクシーに乗車する前に重篤なミスを犯しています。そしてそのミスを取り返すためにタクシーを利用しているのです。
つまり、自らの時間配分や事前調査の失敗で「急いでいる」ことや「ほかの交通機関がない」ことが起きたのです。それは想定外のことです。とりあえずその失敗を回復しなければなりません。だからタクシーを利用したのです。
そうすると、タクシーに乗ったということで目的は達成されているはずです。それにも拘らず、さらに「急いで」という言葉の裏には、自らの失敗に対して憤懣やるせない気持ちも含んでいます。それが運転手に対しての他罰的行為に変化します。
つまり、
- 「急いで」という命令をし、
- 「間に合わせろよ」と指示し、
- 「間に合わなかったらお前のせいだからな」という、
他罰三段活用を行うのです。自分が悪いのに…。
急がなくてはいけない、という法的根拠はありません
タクシー事業とは「他人の需要に応じ、有償で、自動車を使用して旅客を輸送する」ことです(道路運送法第二条2)。また、「安全、確実かつ迅速に運輸を遂行するように努めなければならない(旅客自動車運送事業運輸規則第二条)であり、「安全、確実かつ迅速に」というだけで、「早く」とか「急いで」運輸することでもありません。
さらに、「迅速」にと言っても法律を破っていいわけではありません。法定速度内で「迅速に運輸を遂行」することになります。その前に「安全、確実」が求められています。
対処法として
では「急いで」という利用者に対してどう対処するかということを考えてみます。
ネット上にもその対処法がいくつかあります。
- なるべく急いでまいりますが
- できる限りのことはやってみます
- 頑張ってみます
などの言葉に続いて「遅れるかもしれない」などの担保を取る方法を探っています。
ところが、こうした試みは「急ぐ」ということが前提になってしまっています。あるいは「急いでいるふりをする」という欺瞞的行為を前提にしています。そういった方法では、いつまでたっても「急いで」はなくなりません。だって、タクシー運転手は「急いで」と言えば、急いで(いるふりでもして)くれるのですから。
法は法です
さらに悪いことには「急いで」だけで終わればいいのですが、「飛ばせ」や「信号を無視しろ」なんてことになります。
つまり、「急いで」と言われても法定速度内で「急ぐ」だけで良いのです。「急いで」と言われて、法を犯した時点で、次の違反が始まります。だって、すでに犯罪者なのですから。それが「信号無視」「一方通行逆走」なんて指示命令になってしまいます。一度許してしまっていますから。
このような道路交通法違反の教唆は利用者も罰せられます。もちろん運転者は違反で捕まります。その結果、免停になり、休業しなければなりません。「急いで」良いことはないのです。
運送約款
タクシー(一般乗用旅客自動車運送事業)は「一個の契約によりロの国土交通省令で定める乗車定員未満の自動車を貸し切つて旅客を運送する一般旅客自動車運送事業」と定められています3。
利用者と運転手との契約の内容は「運送約款」に定められています。標準運送約款4の第2条は次のとおりです。
- 旅客は、当社の運転者その他の係員が運送の安全確保のために行う職務上の指示に従わなければなりません。
つまり、旅客(利用者)は、安全の確保のための指示には従わなければならないのです。
さらに第4条では、運送の引受け又は継続を拒絶(乗車拒否)できる条件として、11項目をあげています。その中で次の項目は、速度違反の強要・教唆として適用されます。
- (3)当該運送に関し、申込者から特別な負担を求められたとき。
- (4)当該運送が法令の規定又は公の秩序若しくは善良の風俗に反するものであるとき。
- (6)旅客が乗務員の旅客自動車運送事業運輸規則の規定に基づいて行う措置に従わないとき。
また、2016年から運送約款にハラスメントについての項目が追記されるようになりました。
運送の引受け、継続の拒絶
つまり、「急いで」という利用者の要求が度を超す場合や、繰り返されたりして「旅客の意図に関係なく」「運転者を不快にさせ、尊厳を傷つけ、不利益を与え、または脅威を与える行為」を差し控えていただき、それらの行為があった場合は「運送の引受け又は継続を拒絶する」ことが出来るのです。
もし「急いで」とスピード違反を示唆強要された場合は、「お客さん、降りてください」と言えるわけです。そしてそれに従わない場合は、通報できるということなのです。さらに、慰謝料も請求できる、というわけです。
急いで、と言われても速度違反を犯すことはないのです。ただそれだけのことなのです。それなのに道路交通法違反をしてまで「急ぐ」のは、利用者だけではなく運転手にも何か「急がなければならない」理由があるのではないのでしょうか?
タクシードライバーの正義
おそらく、運転手自身の内面にも「タクシーは急ぐもの」という思い込みがあるのではないのでしょうか?
安く到着できたことを自慢したり、早く到着することが正義だと考えている運転手がいます。それはそれで利用者にとっては良いことかもしれません。遠回りするよりも正しいことでしょう。
でも、安く早く運送しろ、なんて誰も言ってはいません。「安全、確実かつ迅速に運輸を遂行するように努めなければならない」と法で定められているだけです。まず「安全」が最優先されます。次に「確実」にです。かつ「迅速」に運輸を遂行するように「努めなけらばならない」のに、「早く」「安く」を自慢してしまうのです。
狭い道をわざわざ走行してワンメーター安くなることより、その狭路のリスクを考えることが大切です。
スピード違反をしてまで早く到着することより、道交法違反をすることのリスクと罪を考えることです。
そう思います。
せまい日本そんなに急いでどこへ行く?
法定速で走ることは悪いことではありません。いえ、それが正義なのです。
速度超過する人の傾向は、「急げ」と言われる実車時だけのことではないはずです。空車時にも速度違反をしていませんか?
早く乗場へ、早く次のお客様を、早く配車場所へ。とにかく「急げ」という、秘密結社からの指示が出されていませんか?
先急ぎ行動が事故を誘発します。だから空車時に事故が多いのです。タクシーは走ってはダメなんです。急がない運転、それがプロであるボクたちに求められているのだと考えています。そして「急げ」と言われても、急がない強い気持ちと、自信を持つことがボクたちに必要なのだろうと、考えています。