57号線と、とうもろこし・・・

国道57号線、阿蘇山を望む道路沿いにはとうもろこしの露店が何軒もあって、香ばしい醤油の香りと草いきれに、そして慣れないドライブに、ボクは少しだけ酔っていた。ボクと兄、そしていとこ達、おじおばとのドライブだった。

家族旅行なんてのは一度もしたことがなくて、その想い出もなく、唯一その時の阿蘇山旅行がボクたちの家族旅行みたいなものだった。だから、きっと、記憶にもキチンと残っていて、夏になると、そうしてとうもろこしを食べると、あの夏がよみがえってくる。

「食べたいね」とボクが言ったら、「ダメ」と兄が言った。なんだか泣きそうになった。そうしてため息をついた。

あの夏から、確かにボクたちは豊かになった。そうしてこの国も豊かになった。ボクは食べきれないほどのとうもろこしを、今だったら買うことだってできる。白黒テレビはカラーテレビに、扇風機はクーラーに、二層式洗濯機は全自動に、黒電話は携帯電話に、食料は捨てられ、盆正月しか買ってもらえなかった洋服は毎日買えるほどに、自販機には飲料水が、町にはコンビニが、情報も、溢れている。

それでも不幸な人がいるのはどうしてだろうか?

努力が足りなかったのだろうか?無計画な人生設計だっただろうか?

生活保護を受給する高齢者や非正規で働く若者も、そういった自己責任がゆえに今の人生があるのだろうか。

あの頃より、ボクたちは、確かに豊かになった。

ボクの生活はその物質的な豊かさとは少し距離を置いたところにあって、たとえばテレビがなかったり、たとえばクルマがなかったり、たとえば肉なんてものはほとんど食べない生活だったり、するのだけれど、その豊になったってことを実感することはできる。

考えると、格差ってのは、物質的な豊かさと(欲求)と、それが満たされない(不満)との心的距離で決まるのでははないのだろうか。

ボクは、確かにそんな生活で、こんな安アパートに住んでいるんだけれど、貧しいとは思わないんだ。だってとうもろこしを食べきれないほど買えるんだから・・・。

ボクたちには、あのころ「ダメ」なことがいっぱいあった。小遣いなんてものもなかった。みんなが大好きな漫画だって、駄菓子だって、ボクたちには「ダメ」だったのだし。

そう思うと、あの頃と比較すると、けっこう豊かになって、かなり贅沢な生活をしている。そしてシアワセだと感じている。欲しいものもなくて、それゆえ満たされている、だから格差ってものを感じないのかもしれない、この位置で満足しているのだから。

その不感症さってのは、良いことなのか悪いことなのかわからないけれど、ボクは不幸ではないと思う。そうしてけっこう豊かな生活を送っていると思っている。

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