その少女は南小谷駅で、突然ボクの目の前に現れたんだけれど、誰に向って話しているのか分からない話を（それはほとんど不満だったんだけれども）綺麗な声で口に出していました。駅のトイレに紙がなくて、駅員に言ったら、駅前にある店でティッシュを買うように言われたとか、一時間も待たなければならないなんてなんて田舎なんだとかいうような類の不満だったのだけれど、そう言いながら突然、駅のコンセントで携帯の充電をしながら、電話をしたりして、その内容が少しＨなことだったりで、聞いてるボクのほうが困ってしまうような、そんな少女でした。

寅さんはもうどこにもいないのか？

駅のベンチではボクの前に座っていたその少女は、糸魚川行きの電車に乗るとボクと並びの席を陣取って、その４人座れるコーナーを独り占めして、小さなトランクを利用して、そして小さな身体を巧く折り曲げて眠り始めたのでした。

何の用があって、南小谷という小さな町にやってきたのか、それともボクと同じように松本かそれより前の名古屋や長野、東京あたりからやって来て、そして糸魚川に行くのか、それともその先の町に向うのか分からなかったですが、小糸線糸魚川行きの一両編成の列車には不釣合いの少女は、やはりボクと同じように糸魚川駅に降りて、もう日もどっぷりと暮れた駅前をひと睨みすると、駅の待合室に向いました。

そしてやはり駅の待合室の併設された売店で、酒を買っているボクのも聞こえるぐらいの声で「いつ着くんだよ～」なんて綺麗な声とは似つかない汚い言葉を使って、不満を口に出していました。

ボクは酒とピーナッツを買って、今乗ってきた列車にまた乗り込んだのですが、どうもその少女のそれからが気になってしかたがありませんでした。きっと一時間後ぐらいに糸魚川を出る北陸本線の直江津行きか金沢行きに乗って、彼女の場所へ向うのだろうと思ったのです。

実は松本あたりの電子部品会社の期間工か派遣の社員だったりして、やはりボクと同じように日本海を見るために糸魚川にやってきて、その少女の決意は尋常なものではなくて「なにがなんでも日本海は見るもんだよ～、それがアジアの純真ってもんなんだよ～、よ～、分かってくれよオッチャン」なんてボクに言っていたのかもしれないですね。

きっと、その少女もそしてボクも、新幹線や飛行機なんかに乗る時はキチンと「私たち人畜無害です」なんて背筋を伸ばして、そして少し気取ってしまうのでしょうが、ローカル線の、そして一時間に一本しかない、それも夜の便に乗ると、実家の部屋の中にいるような気持になるのかもしれないですね。

ま、決してボクも変な下心みたいなもんをペロリと出して、「時間まで一杯飲むか」なんてことは無かったですから。ま、それがジャパンの純情ってもんだろ。ってね。

時間では買えないものが、きっと普通電車の旅で見つかるかもしれないと、ボクは思っているんだけれど…。それが何なんだ、と言われても、答えは出せないのだけれど…。あ、そうそう、ＪＲの「日本の旅は列車です」のポスターに「列車を選ぶ人はあなたと向き合いたい人です」と書いてあるのですが、あなたと向き合いたいあなたかもしれない、それが列車の旅かもしれないと、ま、思ったりもしているのです。