日本海へ(10)リバーサイドホテルの硬いベットとか
8月も半ば
夜風も随分やさしく吹いている。
少し残った明るさに背中を向けて
暗くなった明日の方向を見つめている。
愛という言葉を借りてもぐり込んだ ロイヤルホテル屋上
風は二人の間を不規則に流れてゆく。
闇は全てのものを破壊し略奪することを許すかのように
黒く横たわってゆく。
僕は盗賊となって
わずかばかりの時と
その中でのあなたを奪った。
ロイヤルホテル屋上
大地は少しずつ回っている。
明日の方向が明るくなる頃
光はつまらぬ現実と
ありふれた未来という
彫刻を刻んでゆく。
僕は今略奪したものを返してゆく
そんな作業を思いながら
暗くなった明日の方向を
ロイヤルホテル屋上で見つめている。
こんな詩を書く生意気なガキだったボクは、自分というものに自信がなくて、それでも「奪う」とか「略奪」とかいう言葉を使っていて、今でもそうなんだけれど、少しナナメに構えては「オレはね」なんて言っていたんだ。
ロイヤルホテルは、確か宮崎県延岡市の大淀川沿いにあって、その頃ボクは、今思えば、愛とか夢とかいう言葉を使って、未来を誤魔化していたんだ。(そのことはどこかに書いたのだけれど…)
えっと、これがリバーサイドホテルのお部屋。右側ベンチがベットなのだ。って、この写真のために、この文章は長いだろう、とは、ちと思っているんだけれど。ごめん。
あの夏から、いったい何年が過ぎたのだ。
同じ夏、ボクは高山のリバーサイドホテルの硬いベットの上で、その夏のことなんかを思い出していた。あのホテルもリバーサイドにあって、川を見下ろすことのできるその部屋の窓から、ボクは未来を眺めていて、そして高山でその未来のボクと再会できたような、そんな時間とか距離とか空間とかが壊れてしまっているような、時間を過していた。
リバーサイドホテルの向う岸には、男のカップルが何かを話し合っている音が水音に混ざって届いてきた。恋人たちがボクの側を通り過ぎる。ボクとの距離5メートル前後は無言になって、そして、その安全圏と言える5メートルを過ぎると、また会話を続けた。
白い服の女が走っていた。というよりも、黒っぽい服の男にまとわりついていたのだった。弥生橋の下でその二人は立ち止まって、そしてキスしているような影が地面に倒れこんだ。きっと、その続きもあったのだろう。
鵜なのか、家鴨なのか、なにか鳥が騒いでいる。魚の跳ねる音。川沿いは、泳いだり飛んだり浮いたり走ったりするものたちの場所になっていた。ボクだけがジッと横たわっていた。
そしてボクだけが、そこをホテルとして使っていた。川沿いのベンチ。硬いベンチ。
ボクのカンはこの日も冴えていて、そこにボクが横たわる場所があるということを、24時40分に電車を下りたときに、なんとなく分かっていて、そこにただそこに行けばいいだけの話だった。そしてどのベンチにするか、それも感覚的なものだった。ラブホテルで部屋を選ぶほど難しくはなかった。北がどっちかということさへ分かればよかったし、それはシルバのコンパスを見れば良いだけの話だった。
それでも、ついてなかったのは、「日本海へ(8)」で書いたように、4時過ぎからの雨。そして寒さ。川沿いの空気は湿っていて、お肌や喉には良いのだけれど、グッと冷えてくる。もう我慢できないぐらいの寒さ。真冬の格好をしていたのだけれど、足元が悪かった。裸足にサンダル。
携帯は持っていた。だけれど、それが何になるというのだろうか。またひとつ荷物が増えてしまって、そして荷物になるだけではなくて、充電ということまで考えていなくて…。足枷にもなってしまう、文明。
あの頃のボクは、愛とかいうことも、その携帯と同じぐらいの感覚で、「重いよね」なんて、考えていたふしがあって、その囚われの身になることを、こうしてボクが「充電充電」と騒いでいるように億劫になっていて、言葉を借りてすませるぐらいの感じで、ボクは、やっぱり時間とかの隙間にもぐり込んでいたのかもしれないと、思っているんだけれど…。
う~ん、ま、高山のリバーサイドホテルなのだよ。