“高齢化”するひきこもり(2)
そっか、そういう方法があったか。
里谷復活へ“仙人生活”…モーグル新シーズンスタート
「山にこもって仙人のような生活を送ります」。里谷が今オフの拠点と決めたのは長野・白馬村。コンビニもなく、インターネットも使えない山中で世俗を断つ。そこで自給自足しながら、ヨガやめい想を取り入れて課題克服に取り組むという。既に物件も物色中だ。
昨日のエントリーで書いたのだけれど、山にこもるということというのは、精神疾患ということとはあまり関係なくて、「修行」とか「修練」とかいう意味合いのほうが強いように思っている。究極的には仙人とか修験者とか、八十八箇所巡礼というのもそういった精神的探求ということなのだろうし、あるいは旅とか(特に自分探しと言われるような)と同じようなものだと考えているのだけれど。ひきこもるということも、実は「旅」に近いものだとボクは思っている。そしてそういう時期というのを肯定的に捉えているのだけれど。
放浪、というとそれはとてもカッコイイのだけれど(たとえば「インド放浪」とかね)、家にいて精神世界を放浪することはどうも否定的に言われていたり、「実態調査」なんていうことまでされて「なんとかしなければ」という対象にもなっている。たしかに脱け出せない人もいて、そういう人たちを救い出さなければならないのだけれど、「インド放浪」だとプラス要因に働いて、「精神放浪」だとマイナスに働くような価値傾向は避けたほうがいいのではないかとことを考えていて、例えば履歴書に空白期間があってもそこをキャリアと考えてもらいたいということなんだけれど。それとか、求職側がその履歴書に「修行」とか「仙人」とか書けば良いのかなあ、なんて考えてもいるのだけれど。
ボクも、放浪生活が長かったし、現在も精神的放浪をしているのだけれど、そう考えると少し気が楽になって「そっか、修行だもんね」なんて、朝からのんびり本を読んだり出来た一日だった。気候も良くなったから本当に山や海にこもってもいいかなあって思ってる。たぶん人は「キャンプですか」なんて言うのだろうけれどね。
ま、国としては、(というか「労働の義務」なんだけれど)そういう調査をして、どうにかひとりでも多く救済しようとしているのだろうけれど。
“高齢化”するひきこもり(3)に続く
てか、引用した新聞記事についてだけれど、自給自足は今からじゃ無理でしょ。米とか野菜を植えても収穫するまでは…。それは自給自足って言わないと思うけれど。自分で自炊の間違いかも:P
てか最近の山奥の定義、インターネットとコンビニがないこと、らしいし。
と、ま、突っ込んでおくか。
ネルさん、こんばんは。
ぐるりんバスは17時までだしね。たまに歩いて市内まで行っている人いるけれど、なんかの修行かと思ったり。
里谷よ、トヨタに来い、ってね。
光じゃないですよ。光にしたいけれど。フレッツADSLですよ。
ちょw
それぴったしじゃん♪
確かに田原寮やあそこら一帯は引き籠もらなきゃいけない状態が出来てるよね
田原さんは光引いてるの?
ネルさん、こんばんは。
合宿ってのが正解かも。
そんな感じですよね。
コンビニとネットがなければ、って、コンビニが出来る前の田原寮みたいだし。となると、田原寮ってのは、山籠もり、とか、合宿とか。
ロケ弁はあるかも。フジテレビ所属だし…。
田原さん今晩は♪
ゴメン勘違いしてた 籠りじゃ無くてただの合宿だね
田舎のコンビニは駐車場もあるから人の出入は相当あるみたい…
でも弁当は絶対買っちゃ駄目よ
ネルさん、こんにちは。
ま、里谷さんの場合は、というかスポーツ選手は精神的な強さみたいなものが成績に直結するのかなあ。もう引退ということも考えられるのだろうけれど。
地方だとコンビニの客層も少し違っていて年齢層も、それに単価も高いのかもしれないですね。近くに商店がなかったらそこで買うのだろうし。
白馬だと、別荘とかペンションは近くにありそうだなあ。ま、そういったところでの山籠もりなんだろうけれど…。
商売ww
仙人もグローバル化してますねww
引きこもっても社会復帰満々なとこが可愛い
悟りを開いてぜひ帰ってきて欲しいです
コンビニは結局都市の消費が頭打になったから
田舎にもかなり沸いてますねww
いい例が何でこんな所で交通量調査してんの?
て思ってらその後コンビニ出来てたりww
交通量は客足に繋がるもんね
坊さんは信じちゃだめよww丸儲けだから
愛人囲ってる奴もいるしww