「自殺と向き合う」見たよ

NHK教育の『福祉ネットワーク シリーズ自殺と向き合う(1)「男性はなぜ自殺したのか」』を見ました。
63歳の男性が派遣切りによって失職し、直後3月に自殺したのですが、その経緯を追いながら考察してゆく番組です。(2)の放送は明日です。
男性が派遣社員としてその工場に勤めたのは15年前、48歳の時だったそうです。誰も知らない街にやってきて、派遣会社の用意した寮に住んで派遣先の工場で働き続けました。15年前、1994年と言えばバブル直後のダメージからまだ立ち直っていない時期でした。多くの企業でリストラが行われていた頃です。
不景気を背景に派遣社員や期間工が増えていった頃でもあります。派遣法も1996年には26業務に拡大、1999年には原則自由になるというような大きな転換があった時期でもあります。その男性のような中高年のフリーター、非正規労働者が増え始めたの同じ頃です。
中高年での失職は、ダメージが大きいし、職だけではなくて人との関わり合い、家族をも失う場合もあります。
何もかも失って、そうして知らない街にやって来る、そこで新しい人間関係を構築できる人はまだ良いほうで、ほとんどの人はひとりぼっちで生きてゆかなければならないという人間関係の希薄の時代をも、派遣という労働形態は作り出しました。寮があるからどこへでも行ける、ということは、良いようで実はそういった危険を孕んでいるのです。
男性はとても人付き合いがよくて、近くの飲食店の人たちと友達になり毎日のように飲みに行ったそうです。誰も知らない街で知り合うことが出来るのは、同僚かそういった飲食店の人たち、ということになるのでしょうね。家庭を持ち、そして晩酌をして1日を終える、というようなことではなくて、寂しさを紛らわすのに、それは人間関係を築くためということなのですが、それにもお金が必要だったのでしょう。そしてそのこともまた悲劇だと言えるかもしれません。
どうして貯金をしていないのか、どうして所持金500円だけなのか、と派遣切りのときに派遣村に駆け込む人は言われました。でも、それは、この男性のように知らない街にやって来て、不安定な生活のままひとりで生きる、人との関係を築くためにの必要な経費として、使わなければならない金額が収入と同じだった、ということなのかもしれません。
生きるために、孤独を紛らわすために、不安を払い除けるために、毎晩外食して酒を飲みつづけたのだろうと思います。派遣労働という底なしの孤独からの開放されるためには、それが唯一の方法だったのでしょう。
その15年間、社員は昇給もボーナスもあって「それぐらいの贅沢」が出来る収入があったのだけれど、男性は派遣社員として15年働いても初任給のままだった、ということもまた悲劇の一因なのだろうと思います。
貯金しなかったのではなくて、それぐらいの贅沢をしただけで給料がなくなったのですから。
それでも貯金をしなければならないのでしょうか。
何のために?
生きるためですか?
それでは、その生きるとはどういうことですか?
生存することですか。呼吸して食事して寝るということを延々と繰り返すために生きるのですか?
63歳、それまで働き続けて、あと2年すれば年金を受給できるはずでした。きっとそういうことも男性は考えていたのでしょう。そこまでたどり着けば「生きられる」と思ったのでしょう。わずか2年。
そのわずか2年を目前にしながら、切られてしまう。15年という時間とは関係なく。それが男性にとっての派遣切りだったのです。派遣切りではなくて、裏切りだったのです。
派遣や期間工に対しての自己責任論は確かにあって、リスクテイキングはしなければならないでしょう。ただ、中高年の人たちは正規雇用してくれる企業もなく、それどころか雇ってくれるところもなく、そこにすがり付いて生きていかなければならない状況なのです。
30代とは違うのです。
40歳、それも後半になると、あるいは50歳になると、正規社員としての道は難しくなります。
危険だと分かっていても派遣や契約社員、期間工としてその企業に入って働き始める。一度働き始めると転職ということがかなり難しくなる。一から仕事を憶えるということは精神的にも辛い作業ですし、就職活動自体が辛いものなのですから。そして雇用形態うんぬんよりも、今の仕事を選んでしまう。それが長くなればなるほど離れにくくなる。50を過ぎると転職したところでまた非正規労働者なのだから。
ここでも何度も「中高年と期間従業員」というテーマで書いてきました。「自殺」についても何度も書きました。
11年連続自殺者が3万人を越える国なのです。毎日100人が自らの命を断つ国なのです。多くはその中高年です。そこまで生きてきたのに、どうしてその先に絶望しなければならないのでしょうか。自殺した男性のように、15年頑張ってきて、そして63歳、あと2年というところで絶望しなければならない国とはいったいなんなのかと思ったのです。
番組でも精神的サポートのことが言われていました。
実はボクも先日ある法律関係者に生活保護のことを訊ねたのです。そしたら『「仕事さがしなさーい!」と言われる可能性が一番』とのことでした。そういうものなのでしょうね。相談にゆくと仕事を探せとだけ言われる。
問題は、そのことを相談したという精神状態なのだけれど、弱音を吐くと「頑張れば」とか「努力」なんて言われる。頑張れば明るい未来が待っているのですか?頑張っていないのですか?
ホームレスになる人の多くは、そうした相談にさえ行けなかったり、相談にいっても「頑張って仕事さがしなさーい」と言われた人たちなのだと思います。そして、相談することも怖くなる。唯一の社会とのつながりも無くなってしまって絶望する。
餓えや渇に苦しんでも、呼吸は止まりはしない。鼓動は寝ている間もなり続ける。生きるということは、そういうことなのですか。唯一救済されるのは、死ではないのですか。
生活保護を受給するためには、今ある財産を処分しなければならないと言われるそうです。拷問ですか?徐々に無くしていって、そして無くなったところで申請に「来い」というシステムが健全なシステムなのでしょうか?
ハローワークのことも言っていましたが、確かにハロワも求人票を見て紹介状を渡すだけの職業相談だけではなくて、失業期間や状況をしっかり把握していろいろなアドバイスが出来るような組織にすることも大切かと思います。ハロワ経由で絶望している人も多いでしょうからね。
100人もの人が毎日毎日自殺しているということを、役所やハロワの人たちはもちろん、法律屋なんて人たちもしっかり考えないと、と思ったのです。考えていると言うかもしれませんが、それではなぜなぜ派遣村にあれだけの人が相談に行くのですか?なぜ派遣村という特設会場を作らないと生活保護や雇用問題についての相談が受けられないのか、ということをもっと考えてほしいと思うのです。1時間5000円払わなきゃ相談受け付けないよ、ということ自体、人権問題だろうと思ったりもします。失業保険に加入していなければ失業給付を受けられないということも同じです。
気軽に相談できる場所があれば、かなりの人たちが亡くならなくていいのだから…。
ポトスと無事カエル

9件のコメント

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    シローさん、こんばんは。
    「みんなの幸せ」難しいですよね。
    というか、自分のことだけで精一杯の人が多いってこともありますしね。
    今日の放送でも言っていましたが、行政も、弁護士も病院も、一丸となって社会福祉を考えないと、ばらばらではダメなのでしょうけれど。
    消費する側が、そういった企業のものしか買わないという行動に出ると、それもあっという間に訪れるようにも思います。
    SRI(Social Responsibility Investment)「社会的責任投資」なんてことは、ずいぶん前から言われているのですが…。
    ありがとうございます。

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    >キツネさんへ
    成型ですか。そうすると朝食は2食堂だったのですね。成型には知り合いがいましたけれど。その人は12月だったかな。やっぱり2年11ヶ月だったかなあ。
    名古屋もないですか?
    都会だからあるってことでもないのでしょうね。
    面接2回ならまだまだですよ。20回なら、ちょっとあれですけれど。訓練校は失業給付が少なくなった人からでしょうから、まだあるうちは、ということを聞いたこともあります。それと、資格がある人は通り難いということも聞きましたけれど。
    ありがとうございます。なんか良い仕事があればいいですけれど…。またコメントしてください。
    >消してもいいです。さんへ
    40を過ぎて、そうですねえ、結婚していると大変だと思いますが、逆にそのことで就職が有利になったりもしますよね。そのあたりの厳しさも40を過ぎるとあるかもしれませんね。
    確かに、この国で生まれたことを後悔する人も多いでしょうね。なにか楽しいことを期待できればいいのですが。
    >hiroさんへ
    ま、契約して堂々と見たほうが精神的にも良いかも知れないですね。衛生放送なんてのは、受信料払ってないと見られないのでしょうし?
    >悠々さんへ
    はい、ボクも今日から、あまり隠すことなく自分の思いを吐き出してみようと思いました。
    別に隠す必要もないのだろうし。
    おっしゃられる通り、少し先のことをやる決心もしました。2年とか3年という将来のことを考えてみました。
    ボクは、まだ60歳でもないので、そこまでには、生きているだけで、なにか良いことがあるかもしれないと思っています。例えば、こうして、コメントを出来ることも。
    ありがとうございます。
    >元フレームさんへ
    ども。
    仕事があると、世間と繋がっているという感じはありますよね。そういう意味で仕事は大切だろうと思います。
    何か楽しいことでも想像できると良いですね。ボクと一緒に飲むってのはどうでしょうか?ま、場所が離れているので、ちょっと難しいかもしれませんが。
    というか、ボクとしては、元フレームさんに奢ってもらいたいと思ったりで。って、セコイですかね。
    >ゆうちゃんさんへ
    700人ですか。景気のいい時は海外での仕事もあったのでしょうけれど。最近はその700人という数字にも世間は驚かなくなっていて、700人それぞれのバックグラウンドなんてのを想像すらも出来なかったり。
    それだけの人の哀しいドラマがあると思うと、それはだたならぬ人数だったりするのですけれどね。
    50歳という歳は、一番難しい年齢のようにも思います。あと少しのようで、まだ15年ですもんね。

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    http://www.chunichi.co.jp/article/feature/yomawari/list/CK2009020202000163.html
    夜回り先生のリンクを貼らせていただきました。記事の一部を引用します。【これからは、自分だけの幸せではなく、みんなの幸せを求めることが大切】
    自殺者の多さは異常です。国というか社会が病んでいるからです。この国は、喩えるなら『波間に漂うクラゲ』。方向性が定まらない。役人(厄人)もおかしいでしょ。特に厚生労働省。局長が逮捕されたばかりです。
    夜回り先生のような暖かい人もボチボチと増えてきました。
    みんなが自分の事ばかり考えていたら、そりゃ世の中おかしくなりますよ。これからは、人を大切に育て、保護し、仕事に生きがいを見出し得る会社(組織)が伸びていくと思います。アングロサクソン流のグローバルスタンダードで踊らされた会社(組織)は疲弊していくでしょう。世の中が良い方向へかわることを祈りつつ。。。

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    うちの部は3ヶ月後から順に業務がなくなります。最悪700人近い正社員を社内に分散させる可能性は高い。
    うちの部は設備投資依頼されて生産ラインつくる仕事
    でも新規はなくて中古を改造したりして安価に済ませるので700人も社員は必要としない。
    当方も数日前に50歳。最悪部もなくなり社内分散にあぶれたらリストラです。

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    もうじき50歳、全て失ってからの独身
    なんとか仕事にありついて生きていますが
    死にたくなる気持ちが湧き上がる時があります
    仕事がなかったらこの世に居なかったかも
    でも厭世自殺じゃないと思う
    自分の問題を世の中の問題にすりかえて
    息をして寝るだけに意味を感じなくなる時がつらいです

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    こんにちは。弱音は吐いたほうが良いし、何でだろう、と悩んでいるならば、どうしたら自分の今の気持ちが楽になるのか、紙に書いてみるのも良いかもしれませんね。(意外と気持ちの整理がつきます)
    そして遠い未来ではなく、少し未来を想像してどうしたい、どうなっていたいか、という目標も決めてみると案外とスッキリするかもしれないし。
    自殺行為までいくということは、他に考えがうかばないだけではなく、どうしたらよいか正解な判断力が無くなっているからだし、63歳という年齢を考えると、今までの過去を振り返り、先の見えない全てにおいて疲れてしまったのでしょうね。
    自分に負けないようにするならば、諦めないこと、なんでしょうね。
    諦めさえしなければ、何とでもなりますから。

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    NHKの受信料は支払っていますか?
    私は寮生活の時まで契約して無かったのですが、
    満了後自宅に集金の人が尋ねて来まして、
    契約しました。

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    まさにその通りで、40歳で失業してしまうと、今の状況から、非正規雇用でも雇ってくれるところはおろか、雇用保険等のセーフティーネットもないこの国、そしてこれまでの人間関係さえも一夜にして壊してしまうこの世の中に、絶望して自ら命を絶つ、あるいは秋葉原事件のように他人の命を奪う事件は、増える事はあっても、減ることはまずないと断言出来ます。
    …私も、7月限りで解雇の身であり、年齢も40を超えていることから、いつその方の状態に陥るのも、最早目の前に近づいております。本当にこの国で生まれた事を後悔している、今日この頃です…。

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    はじめまして!
    ひょんな事に、このブログサイトを見つけ…
    拝見させてもらいました!
    私は、今年の2月まで田原工場成型課にて2年11ヶ月満了まで働いてました!
    その後は、名古屋市内にアパートを借り…細々ながら失業保険と貯金を切り崩しながら…就活中です!
    仕事…
    ナイですね~…今までに、面接二回、訓練所三回…
    玉砕しました!最近では、余りの玉砕っぷりに、笑けてきました。
    でも…
    ブログを拝見して、私と似たような境遇の方々が…
    いらっしゃるだなぁ~と…少しだけ…勇気が湧いて来ました!
    今後とも…楽しく拝見させてもらいます。
    お互い…消して楽では、ナイですが…頑張りましょう!

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