冥福

冥土とはどこにあるのだろうか。
死後、死者が彷徨う場所。三途の川もそこにあるというのだけれど、誰も知らない。
冥福を祈るとは、その冥土での幸福を祈るということらしいのだけれど、人は死んでもさらに彷徨うのだろうか。そして人々に祈られつつ無事に三途の川を渡り終え次の生への道を歩むのだろうか。

此岸(現世)と彼岸(あの世)を分ける境目にあるとされる川。一般的に仏教の概念の1つと思われがちだが、実際は仏教に民間信仰が多分に混じって生まれた概念である。
三途川 – Wikipedia

仏教の概念にないものが、仏教儀式の中で語られる。
ボクの実家は浄土真宗だったので「ご冥福をお祈りします」と言わなかったと思う。そしてボクも使わなかった。

浄土真宗 本願寺派 河久保同行の部屋:冥福について
◎ 仏教でも、浄土真宗でも、故人の冥福を祈りません。
既にご承知と思いますが、冥福とは、「冥土(冥途)で幸福になる」と言う意味です。そして、この「冥土(冥途)」とは、仏教以外のものの考え方なのです。
つまり、ご遺族に「ご冥福をお祈りします」とご挨拶されることは、「亡くなられた方は、冥土(冥途)へ迷い込んだ」と言うことを意味し、「お浄土の故人を侮辱する無責任で心ない表現」と言えます。

とボクも教えられてきた。
冥土はこの世にあるのだし。亡くなれば極楽浄土に行くに決まっているのだから。
ボクは「さみしくなりましたね」と言うし、書く。親にそう教えられた。初めてひとりで葬式に行った時のこと。「なんて言えばいい?」と聞いた時にそう教えられた。
冥土を彷徨い、そして死後もなお冥土に迷い込むとなると、人は彷徨うために存在するのかと思う。そうだろうけれど、どこかに安息の日や場所があるに決まっている。三途の川の向こう岸ではなくて、そこを渡らないと分からないという仕組みではなくて。
カメラが売れて、そうしてそんなことを考えている。雨のせいもある。カメラのない日々がこれから続くことになる。何かいっぺんにいろいろな物がここからなくなったように感じる。想い出とかごっそりと宅急便とともに行ってしまったように感じる。
何もかもを少しずつ失くしている。
何かを得ることもあるだろうけれど、失うもののほうが絶対的に多くて、最後にはやっぱり40リットルのザックひとつでこの世を彷徨うのだろうか、と思っている。
「さみしくなりましたね、オレ」
近くの公園で写した花

8件のコメント

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    dさん、こんばんは。
    そうですね。
    それに住むところも違いそうだし。
    この世の格差がそのままあの世まで持ち越されて、結局浄土なんてのはないのかもしれませんね。
    宗教も救ってくれないとなると、どうしようもないですね。

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    死後の世界も格差があったりして…
    徳の高い坊主に有り難~い念仏を唱えてもらった人は飛鳥みたいな船で三途の川を渡ったりとか(笑)

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    じゅんじゅんさん、こんばんは。
    そうですね。誰も知らないのですからね。
    行ったという人はいますが、それもどうだか…。
    けっこう、楽しいところかも。なんて言うと怒られるのかなあ。自殺幇助だ、とかで。

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    死後の世界は、仏教の中ではあるみたいだが、実際はどうなのでしょうな?

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    渡久米さん、こんばんは。
    最近は「おくりびと」で、湯灌の仕事なんてのも抵抗なくする人も多いのかもしれませんね。
    葬儀屋さんは難しくないですか?
    ボクは出来ないと思ったり。
    えっと、実家の葬式は、木や竹を山から切ってくることから始まります。喪主は葬儀場から墓場まで裸足で歩いていかなければならなかったりで、父のときは兄は血だらけになっていました。
    そうなると、葬儀屋さんというよりも、詳しい地元の人が仕切るのですけれど…。
    冥福は、ま、テレビ局も使いますから、それはそれで良いのだろうと。一度坊主に確かめると良いかもしれませんね。

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    私は、期間工を終えた後、葬祭業に転職しましたが、そんなこと全く知りませんし、教えてもくれません。
    浄土真宗だろうが曹洞宗だろうが神道だろうが、どこの葬家に行っても、「ご冥福をお祈り致します」と言っていますよ。大ベテランの職場の先輩方も。

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    悠々さん、こんばんは。
    そうですね、ま、カメラが無くなっても写したものはありますから。それに携帯のカメラもあったり、デジカメを貸してくれると言う人もいるので、ま、それも良いかなあ、と思っています。
    きょうの「自殺と向きあう」という番組で、
    1弱音を吐こう
    2最悪な気分のときに重大な決断をするな
    と言ってました。
    悩みがあるのが人生なのでしょうね。悩みを言おう、というのも大切かもしれないと思いました。
    生きている意味というのが、どうも分からない時が多くて。
    それを絶望というのかもしれませんが。
    難しいですね。腹が減っても感謝できるかということに、自信もなかったりします。

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    こんばんは。カメラが売れて良かった、というか何というか…。長い間カメラをたのしませてくれてありがとう。お疲れ様です、って感じですかね。
    悩めるのは生きている証拠、生きているから悩みは尽きないし、かな。
    いつ亡くなるかわかんない人と暮らしているので、死は身近すぎて何故悩むのか、わからなくなることもありますが。
    今生きている事に感謝の毎日、些細な事にも有難うと言う事で不思議と良い事も少しずつあるようになりましたね。

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