タクシーはギャンブルだ
タクシーはギャンブルなのだ。待機場所によっては、1時間なんてのは短いほうで2時間待つこともある。6時間もの間待ち続けたという人もいるのだけれど、きっとその間中、自省やら意地やらの自己の内面での葛藤があったのだろう。
ボクもそうだ。
「ああ、あのお客さんを降ろしてそのまま駅方面に向かえばよかった」とか「欲張ったのがいけなかったなあ」とか、そんな後悔のほうが多くて、「もう少し待てばきっと…」とか「無線での配車がもうそろそろある」なんてポジティブな考えは少ない。
タクシーというギャンブル
パチンコなんかのギャンブルに似たような感覚、「もう少し」「あと30分」なんてことを考え始める。そうしているうちに無線での配車もなくて、見えない縄に縛られているような地獄の時間に嵌ってしまう。結局2時間、3時間なんて漠々とした時間が過ぎてゆく。なにか根拠があって「もう少し」「あと30分」と粘るのではなくて、ただ意地だけでそういう長時間待機をする。
数時間後に諦めて場所を移動する時の気持ちと言ったら、ちょうど受験に失敗した時の敗北感とか、財布を落とした時の喪失感みたいなものに似ている。
ツキのない時の神様
またその数時間後に現れたお客様と言えば、たとえワンメーターであったとしても、地獄から救い出してくれた救世主のようでもある。
豊橋医療センターの待機場所はそういうことがよくあるらしい。特に午後の時間帯は2時間3時間まったく乗り込みがない時もあるという。それでも遠距離のお客様がいるということもあって、やっぱりギャンブルをしてしまうのだろう。ギャンブル依存症になっているようでもある。
深夜に市民病院なんかで待機しているドライバーもいる。そんな人はきっと、なにか確信みたいなのもがあるのだろう。あるいは、宗教がかった自信みたいなものがあったりするのかもしれない。「きっと来る」とか「信じる者は救われる」みたいな…。あるいは何かにとり憑かれるいたり……。
一発当てる
そしてその通りになって長距離のお客様が乗車した時には「どんなもんじゃ~い」とガッツポーズを小さくしているのかもしれない。あるいは自分の正しさにうなずいているのかもしれない。そして次の日も深夜の病院で待機しているのかもしれない。もうそうなるとギャンブラーというよりも獲物を狙うハンターのようでもある。
ボクの性分としては、そんな大物狙いのハンターよりは、小さくても回数をこなす、やっぱり農耕民族的なタクシードライバーのほうが似合っている、なんて思っているのだけれど…。
でも、やっぱり待機場所の選択はギャンブルなのかもしれない。それも大穴狙いのような…。どうだろうか?
そのはまってしまうということで有名な豊橋医療センター。タクシー待機場から見える風景。形の良い乳房のような山なのだ。
