期間工物語(7)

そんな週末の4度目はゴールデンウィークの長期連休だった。TさんもMさんも帰省した。そして部屋にはボクひとりになった。期間工の3割ほどは帰省しないで寮にいた。11階建て2棟の巨大な寮は廃墟のように感じられた。
GWの最終日の前日にTさんが戻ってきた。Tさんは、ボクよりも少し前に入社した30代後半の人だった。身体の大きさとは反対に、声は小さくて聞き取りにくかった。口の開け方が悪いように思ったし、それはもう身体に染み付いた癖みたいなもので、本人に自覚症状があったところでもうどうにもならないようにも感じた。それが子供っぽいということに受け取られていたのかもしれないと、思ったし、実際、初めて故郷を離れて生活しているのではないかと思えるような感じもした。
翌日、Mさんも戻ってきた。寮は賑やかくなった。賑やかくなったのだけれど、それは人が多いというだけで、例えば都会の雑踏の賑やかさだった。ひとりひとりの精神状態は鬱々としたものだった。巨大なブルーマンデーが襲っていた。またあの薄暗い沈黙が待っていて、昨日までの春のキラキラした感じとは正反対のものだった。
TさんもMさんも、そしてボクも、そういった憂鬱の時間を過ごしていた。2直(15時始業)始まりということも、気持ちを重くした。昨日の今頃は、一昨日の今頃は、という楽しい時間の思い出がグルグルと思い出された。
Tさんは、その頃からよく独り言を言うようになっていた。ボクと同じ高岡工場だったので、送迎バスの中でTさんを見るときがあった。そしてそういう人混みの中でもなにかボソボソと言っているようだった。
「どうしてオレはここにいるんだろう」と、Tさんは独り言ちた。
「どうして県職員を辞めたのだろう」と続けた。
Tさんの前職は関西のある県の職員だった。建設課というのが彼の職場だった。「真面目」というのが彼に与えられた上司や同僚からの称号だった。酒も煙草もやらなかった。世間でよく言われる「おくて」の男だった。真面目というのは時として侮蔑の表現として使われる。Tさんのいない飲み会の時に「気持ち悪い」と露骨に言う女性職員もいた。
市役所に勤めていた父親とは高校2年の時に死別した。上にお姉さんがいたのだけれど、Tさんが大学を卒業した年に結婚して、それから母子ふたりの生活をしていた。なにひとつ不自由に感じたことはなかった。父親の死は彼を自由にしたようでもあった。そしてその環境に満足していた。形を変えること、例えば朝の起床時間を10分早くするという変化さえも、彼には恐怖に感じていた。
好きな女性もそれまでに何人か出来たのだけれど、告白できずに、そして縁もなく、30歳になり、そして35歳になった。母親と姉は家のことを案じた。
Tさんが期間工に来る原因、失業したのは36歳の春だった。勤務先近くの墓地公園に花見に行って、飲めない酒を少し飲んだことが原因だった。いつもなら早めに帰る。そしてそれを10年以上も続けてきた。参加しない飲み会もあったし、1時間ほどで席を立つ時もあったのだけれど、その夜は最後までいようと何故だか思った。そしてそうした。
酔っ払っていた。Tさんを除いて全員が、いつものとは違う様子だった。違うと思ったのはTさんだけで、他の人たちにとってはそれが普通だった。そしていつものように、TさんがそこにいるのにTさんの噂話をする女性職員がいた。誰も止めようとしなかった。性格的なもの、そして性的なことまで露骨に批判された。そのこともTさんを除く全員にとっては普通のことだった。普通のことが普通に執り行われていた。
金曜日の夜だった。花見の客でまだ賑わっていた。Tさんは隠れるようにその場所を去った。何人かが気づいた。だが誰もが酔っていた。そしていつものことだった。それは「じゃあ、次に行くか」というぐらいいつものことだったので、善悪の感覚さえも麻痺していた。
サボテンの花

7件のコメント

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    hiroさん、おはようございます。
    履歴書の書き方も、工夫次第では見やすくなるかもしれないですね。非正規で働いていた人は確かに契約期間ごとに書いていたら多くなり過ぎるでしょうから、ひとまとめにするとか、「契約社員として製造業で従事」なんて書き方もありだと思いますけれど。
    同一の企業、派遣会社でしたら、上にも書きましたけれど、最初の入社日と最後の退社日で良いと思いますけれど。

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    有難う御座います。

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    hiroさん、こんにちは。
    困っていると言うと、スペースの問題とか?
    期間工とか派遣の場合は、上に書いたようにまとめるなりするとスッキリするでしょうし。
    雇い止めや派遣切りのことは雇用側も認識しているでしょうから、そのことをプラスに捉えたほうが良いかもしれませんね。
    景気が良い時期ではなくて、退職の理由がハッキリとしているわけだし、中には同情的な見方をする企業もあるようですしね。
    年齢や資格の壁は越せない時がありますけれど。
    今は、10年20年という長い職歴の人でもなかなか採用されませんよ。その職歴をどうアピールするかということも重要でしょうし。履歴書だけではなくて職務経歴書なんてのも提出すると良いかもしれないし?

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    田原さん
    実は去年から今年に渡り、2回雇い止めによる契約満了になってしまって、職歴が増えて困っているのです。

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    hiroさん、おはようございます。
    う~ん、その職歴をどう判断するかというのは、企業の問題でしょうし。
    履歴書への書き方も、同一企業ならば
    例えば
    平成16年 トヨタ自動車株式会社 期間従業員として入社
    平成20年 トヨタ自動車株式会社 期間満了のため退社(その間、契約更新あり)
    なんて書き方だと「増えまくる」ことはないでしょうしね。
    派遣社員でしたら、派遣元企業でひとくくりにすればいいし。
    アルバイトなんかも、よほど面接に行く企業との関係性がない限り「コンビニなどのアルバイト」としてその期間を書けば良いだろうし。同一業種ならば「コンビニ店員として複数店舗にて従事」でもいいだろうし。
    履歴書上の問題ではなくて、それがキャリアとして認められないということが、ま、問題ということなのでしょうけれど。

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    期間契約社員の最大の問題点は、職歴が増えまくるという点ではないでしょうか?半年間だけ働いたとしても、その後ずっと経歴として履歴書に書き続けないといけません。

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    たのむから働けや。ぐだぐだこの顔も声も表情もない世界でナンバーワンと自分勝手に認識するのか。せめて車と家と嫁ぐらいは有って語れや。それらの最低クラスの当たり前は得る努力くらいしろ。そういった当たり前の事以上できて語れ!

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