ボランティア募集

老婆はボクを待っていた。

どんな時にでも「待つ」ことが彼女の日常だった。そして「すみません」と何度も何度も頭を下げることが、彼女の癖になっていた。

彼女が待っていたのはタクシーだった。ボクは運転手。近くのスーパーまで週に2度ほど行くのが彼女の唯一の楽しみ、いや、そのことが彼女の生命だった。2キロに満たない距離を移動することが出来ないのだから、例え豊かなこの国に住んでいたとしても、彼女は飢えや餓えと隣り合わせに中にある。

難民はボクたちの隣にいる。なにもギリシャの話ではない。なにもアフリカの話ではない。そうして救いを待っている。

彼女は涙を流していた。「すみません」いいながら涙を流していた。「ありがとう」といいながら涙を流していた。そして「また来てくださいね」といいながら涙を流していた。

行政は年金という金で解決しようとする。福祉は彼女の哀しみまでケアしてくれない。豊かな国が孤独で生きることを強いる。街はすっかりと情緒を喪失し、人の優しさはコンクリートとアスファルトの中に埋もれてしまっている。砂漠化する国家に難民は打ち捨てられる。

ボクはワンメーター分の運賃を受け取ると「また呼んでくださいね」と彼女を見送った。たぶん1時間後に彼女は同じことを繰り返す。「すみませんね」と何度も何度も頭を下げ、そうして「ありがとう」と涙を流す。

タクシーの存在意義はここにある。タクシー会社の目的と使命はここにある。そう考える。

いったい誰が、交通難民としての彼女の命と、それに連なる彼女の尊厳を救うことが出来るというのか。尊厳があるからこそタクシーを使うのだということを、ボクたちは解からなければならない。

タクシー運転手に必要なのはそういったボランティアスピリッツなのだ。タクシー会社はそういったことを忘れてないけないと思う。利益以外のもの、「社会の問題の解決に貢献する役割」(*1)があり、福祉や奉仕という社会的任務、役割があることを、すべてのタクシードライバーは認識すべきなのだ。

その老婆の後ろ姿に、遠く故郷に住む母親のことが思い出されて、ボクも少し泣けてきた。

香嵐渓2014年秋
(*1)「マネジメント(エッセンシャル版)」ドラッカー著 上田惇生訳 p9

4件のコメント

  • blank

    テルさん、どうも。
    日曜日で、ちょっとサザエさん症候群なのかもしれないと?
    いちおうサービス業なのですが、それを忘れる人も中にはいるような…。
    人の中で生きるってことは難しいですね。それゆえ宗教があり哲学があり人がいるんでしょうけれど…。

  • blank

    田原笠山さん、こんばんは。今週の休日出勤が終わり11月も半分が過ぎました。今月を乗り越えれば来月は休日出勤が無いのでホッとしています。
    多くの高齢者の方々が送迎の問題を抱えているかと思います。中には免許証を持っていなかったり年齢の面で返還されてしまった方もいるかと思いますので。
    タクシードライバーは人への思いやりが何より大事かと思います。そんな自分はまだまだ人に対する気遣いが足りない面があるので頑張らないといけないなあと感じる今日この頃です。

  • blank

    islandさん、どうも。
    タクシードライバーが自らの首を絞めている、まあ、自縄自縛ってところがありますもんね。顧客は誰か、ということをもっとかんがえなければと思っているのですが。

  • blank

    その通りだと思います。
    そんなタクシードライバーばかりだと良いのですが‥

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA