納経帳の値段(34日目の3)

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[13時30分に五十五番札所南光坊に着いた。雨はすっかり上がっていたのだけれど、雨雲が散らばっていた。延命寺からの1時間が長く感じられた。雨のせいではなくて、気持ちのせいだったのだけれど。

本堂、大師堂と納経が終わり納経所に行った。そうするとお寺の人が「あ、やっぱり名前を書いてないね」とボクの納経帳を見て言った。それから「失くしたりしたときに書いていたほうが良いですよ」と、そして「これから先は特に注意したほうがいいですよ」と教えてくれた。そういう話は聞いた事があった。要するに五十五もの札所の墨書・朱印を押した納経帳を狙う人がいるというとこだ。ネットオークションでも売買されていたりもする。また代理遍路、一箇所いくらで四国遍路を職業としてやっている人もいる。

値段が付くのだ。それもかなり高額で。
札所一か所につき300円で墨書・朱印押印していただくので、八十八か所だと26400円かかる。プラス納経帳自体が1500円以上なので、28000円が最低でもかかっているので出品するほうはそれ以上の金額になる。(もちろんどういった経路で入手したかにもよるだろうけれど)

中には10万円という出品価格もある。確かに納経帳はそんな値段ではないと思う。車で回ったとしても1週間、それだけの日数が必要なのだから。まして歩きで回って40日50日かかったとしたら10万円でも安いと思う。

55番札所南光坊にて 女性遍路2人
(55番札所南光坊にて)

そういうニーズがあるのだから、なんともボクには言えない。身体が動かなくて、それでもその聖なるものを欲しいという人がいるとしたら、それはそれでお接待なのだろうから。その人のことを念じながら歩いたとしたら、それはそれで価値あるものだろうから、代理遍路も悪いことではないと思う。

それが犯罪に繋がらなければの話なのだけれど。
納経帳を狙う人がいるという噂は何度か聞いた事があった。名前を書くということは分からなかった。南光坊のお寺の人はそのことを言っているのだ。そして「私でよければ書きましょうか」と言った。「ええ、お願いします」と言って「ただ、ボクの名前ではなくて母の名前を書いてください」と付け加えた。

「お母さんの代りにお参りなされているのですか」
「ええ、それもありますけれど、納経帳は母への贈り物にしようと考えていましたから」と言った。お寺の人は「為」という文字を入れて母の名前を書いてくれた。そして「お母さんもお喜びになりますよ」と言ってくれた。「ありがとうございます」とボクは言った。

それからボクはポートサイド今治への道を訊ねた。詳しく教えていただいた。
救われた気持ちがした。それからボクは礼を言って、南光坊を後にした。雨のにおいがした。枯葉のにおいも重なった。海のにおいも近かった。14時だった。

弘法大師像

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