海坊主へ(19日目の2)

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そこに立ち止まるわけにはいかなかった。
痛みが哀しみに変わる。雨の気配がしていた。冬の前の風景。風が強くなっていた。峠の坂道は海と空と山とボクの間にあって迷路のようだった。いろいろなことが哀しみを加速した。いっそ雨が降ってくれたほうが良いのに、と思った。そうしたら立ち止まることも出来るのに、と思った。人は哀しい。

Kさんの後ろ姿が坂道の向こうに消えるまで、ボクはそこに座って見ていた。それから、歯を食いしばって立ち上がった。取りあえずどこかに泊まろうと思った。今にも降りそうな空模様だった。

国道56号線道路標識 松山まで200キロ

(松山まで200キロ……)

12時、白浜休憩所で昼食。スリーエフ佐賀店で買ったおにぎにを4個全部食べた。なにか物足りなかった。大方あたりの民宿に泊まろうと思った。とにかくそれから考えようと思った。12時30分発。

 

13時30分、伊田を過ぎたあたりのホテル海坊主にチェックイン。「少し早いのですが」と言ったら「ええ、かまいませんよ」と二階の部屋へ案内された。海が見える部屋だった。

「食事は18時で良いですか、お昼ご飯は」
「はい結構です。お昼は食べて来ました」
と言った。

いつものように、浴槽にお湯を張った。それから身体を沈めた。携帯電話を充電した、そして電話をした。
「もう痛くてね。それに雨が降りそうだから、民宿に泊まった」と言った。そして「前は海だよ」と続けた。「どうしようか」と言おうかと迷った。答えは分かっていた。

そして言ったとたんに気持ちが折れるということも分かっていた。沈黙が心を支える時のほうが多い。言葉は感情を加速する。というか、感情は言葉によって、その意味を持つ。

ボクは前の海のことを話した。雨が降り始めていた。ボクの目は、脱色された風景の表面を流れる雨にピントがあってしまっていた。

それから洗濯ををした。シュラフを広げた。少し寝た。

ホテル海坊主から見える伊の岬

(ホテル海坊主から見える伊の岬)

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