決済手数料の乗務員負担は違法なのか

決済手数料(売上の2%〜4%程度)を乗務員負担にしているタクシー会社があります。タクシー業界は賃金が出来高制歩合給なので、この数パーセントの控除が不透明なところがあります。そのキャッシュレス決済手数料について考えてみます。

前回は、受益者負担という考え方が「悪しき慣例」としてタクシー業界に残る乗務員負担を正当化し合意形成を得ているとし、出来高制歩合給という賃金制度こそが廃止できない原因だと論結しました。

乗務員負担と受益者負担タクシー業界には「乗務員負担」というものがいくつかあります。今回は、タクシー業界の乗務員負担と受益者負担について考えてみます。 例えば、事故修理代、高速道路料金、無線使用料…
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乗務員負担と受益者負担

今回は、労使が納得合意しているとして、乗務員負担は違法ではないのか、ということについて考えてみます。

決済手数料の乗務員負担は違法なのか?

弁護士.com でも同じような質問が寄せられていました。(有料の記事なので全ては引用しません)

タクシー乗務員の完全歩合給の計算方法、クレジットの手数料負担、有給休暇の取得ルール – 弁護士ドットコム 労働

質問:クレジットで清算のときもカード決算手数料を乗務員が半分負担してます。これも、乗務員が負担させる事は問題ないのでしょうか?

 

回答:歩合給から差し引かれたものが支払われている場合には、違法ではない場合が多いでしょう

と回答されています。

つまり、基本給ではなく変動する歩合給の部分から控除されていれば合法である場合が多い、ということです。なぜならば、賃金は歩率によって決まるからです。その歩率は会社の収益(≒経費)によって決まるからです。出来高払制歩合給の歩率計算に手数料が含まれているということです。(図1 参照)

 

タクシー事業 原価構成イメージ図
図1 タクシー事業の費用構成イメージ図

賃金の支払いと控除

労働基準法24条は「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」と定めています。そのため賃金から金銭を控除するには、「賃金控除協定」の締結を行い「事理明白なもの」に限られています。

クレジット決済手数料は事理明白か?

「タクシー事業のための労務管理一問一答」1 にも同じ質問と回答が掲載されています

Q:適法な賃金控除協定があれば、キャッシュレス決済手数料などの乗務員負担分を控除することは可能ですか

 

A:税金、社会保険料など法律で定められているもの以外は、適法な賃金控除協定がなければ確定賃金から控除することはできません。また、賃金控除協定があっても、その控除項目が事理明白なものでなければ控除できないという通達 2 があります。

ここでも「適法な賃金控除協約があれば控除できる」としています。そして実際行われていることを考えると、決済手数料負担は「事理明白な理由」なのでしょう。

乗務員負担制度はなぜ廃止しなければならないか

これも「タクシー事業のための労務管理一問一答」に掲載されていますので、引用します。

Q:乗務員負担制度はなぜ廃止しなければならないのですか。

 

A:乗務員負担制度とは、法令に特段の定めがあるわけではありませんが、一般に乗務員の賃金が出来高払制であることを前提に、キャッシュレス手数料、無線・GPS手数料、黒塗り車両乗務料、専用乗り場入構料などについて、その経費の一部を乗務員が負担することにより、車両、設備等の充実や営収の確保を図るとともに、乗務員間の公平性を確保することなどを目的に導入されてきたタクシー業界特有の慣行といえます。他産業では、労務の提供を受ける事業者がこれらを経費として確保し労働に負担を求めることは行われていませんので、これらの慣行は外部からみて理解しづらいだけでなく、人材確保の面からも廃止することが適当といえます。

 

こうした観点から、平成25年11月のタクシー特措法等の一部を改正する法律案に対する国会付帯決議におい、「一般乗用旅客自動車運送事業者は・・・事業に要する経費を運転者に負担させる慣行の見直し等賃金制度の改善等に努める」とされました。
したがって、乗務員負担制度は、確定賃金から控除する場合(Q125参照)を除き、法違反といいうようなものではありませんが、付帯決議を踏まえ、廃止に向けて取組むべき課題といえます。

 

タクシー運賃改定の公示にあたっての留意事項について(国自旅第213号 令和元年12月10日)

まとめると

  1. 法令に特段の定めはない
  2. 出来高払制賃金を前提に乗務員間の公平性を確保する目的に導入
  3. 他産業では行われていない
  4. 外部から理解しにくい慣行

ということです。

国の見解

では、国の見解はどう発表されているのでしょうか。国土交通省から「事業に要する経費を運転手に負担させる慣行がある場合には、見直しを図るよう留意すること」という通達がでています。(タクシーの運賃改定の公示にあたっての留意事項について)

また何度か、国会でも取り上げられています。3タクシー業界における累進歩合制賃金と乗務員負担制度に関する質問に対する答弁書:答弁本文:参議院/efn_note]

第186回国会(常会)

(略)

参議院議員小池晃君提出タクシー業界における累進歩合制賃金と乗務員負担制度に関する質問に対する答弁書

(略)

お尋ねの「乗務員負担制度」の意味するところが必ずしも明らかではないが、事業に要する経費を運転者に負担させる慣行については、社団法人全国乗用自動車連合会(現在の一般社団法人全国ハイヤー・タクシー連合会)が平成二十一年五月に行った調査の結果によれば、調査対象とした六百四十社のうち百四社において存在するとのことであり、御指摘のとおり、「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法等の一部を改正する法律案に対する附帯決議」(平成二十五年十一月八日衆議院国土交通委員会。以下「附帯決議」という。)では、事業者において、「累進歩合制の廃止」等とともに「賃金制度等の改善」の一環として見直しに努めることとされているところである。

(略)

タクシー業界における累進歩合制賃金と乗務員負担制度に関する質問に対する答弁書:答弁本文:参議院

累進歩合制賃金と乗務員負担制度に関する質問に対する答弁書

違法ではない場合が多い、として、いくつかの問題点

 

  1. 決済会社ごと違う手数料を一律にしてはいないか?
  2. カード決済手数料は必要経費にならないのか?

という疑問を前に事業者はどう対応しているのでしょうか?

その前に、キャッシュレス化が加速する時代に「受益者負担」とするには無理があるのではないのでしょうか?キャッシュレス決済端末を設置しなければ事業活動そのものに不利益がでる時代に、個々の乗務員が負担することこそ問題があるのではないでしょうか。

出来高制歩合給の問題

ただ、何度も書きますが、賃金が出来高歩合給制であるため、例えば乗務員負担をなくしたとしても歩率を下げれば結局は乗務員負担と同じことになります。
*ただし賃下げになるような場合の「労働条件の不利益変更」として労働契約法違反(10条)をどのように回避するかという疑問はあります。これも経営困難や倒産の危機の前では無力化するのではありませんか。

「どっちが特か」となれば、乗務員負担があったほうが特する場合もあったのでしょう。運転手自ら乗務員負担を容認してきたのかもしれません。

そうして慣行となりました。要するに、タクシー業界の賃金問題はいつも歩率に収束されるということです。そして歩率の多寡により職場環境の優劣が決めれるのだろうと考えています。

ということは、歩合給こそ業界のメリットでありデメリットなのです。

まとめとして

このように、キャッシュレス決済手数料の乗務員負担は違法ではありません。しかし廃止を求められています。

廃止できない背景には、出来高制歩合給という賃金制度があります。そのメリットとしては、年齢や経験によらない成果主義の高賃金があります。その賃金の高さもタクシーの魅力です。出来高制の歩合給こそ業界の魅力だ、という人も多いようです。

しかし、歩合給のデメリットもあります。それは、乗車拒否問題や長時間労働の問題です。

昨年からのタクシー運賃値上げは「労働条件改善」、そして賃上げによる人材確保も目的とされています。

しかし、賃金が上がったとしても人は集まりません。なぜならば、

  1. 交通事故のリスク
  2. 不確実な出来高払制歩合給という賃金制度
  3. 不透明な賃金制度
  4. 特有な慣例がある古い職場環境
  5. 地理接客への不安

があげられます。

つまり、タクシーだからです。

分かりやすく高い賃金、安心できる賃金制度、そして安心安全な労働環境。そのことを明言しない限り、業界の胡散臭さはいつまでたってもなくなりません。そのために、まずは、歩合給を隠れ蓑にした乗務員負担なんていうものをなくすことなのです。

  1. 「タクシー事業のための労務管理一問一答」一般社団法人 東京ハイヤー・タクシー協会 労務委員会編集 新日本法規)
  2. (労基法24条)1項ただし書後段は、購買代金、社宅、寮その他の福利、厚生施設の費用、社内預金、組合費等、事理明白なものについてのみ、労基法36条1項の時間外労働と同様の労使の協定によって賃金から控除することを認める趣旨であること(昭和27・9・20基発675、平11・3・31基発168)

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