Gさんの母親が亡くなったのを聞いたのは１０日程前の夜で、それも葬式が終わって初七日も過ぎたころだった。「母親の荷物を片付けたいので手伝ってくれないか」という電話だったので、ボクはお悔やみの言葉も言えないまま「いつがいいですか？」といきなり事務的な話しに突入してしまった。というか言葉を探す余裕がなかっただけなんだが。

母と子ふたりでの生活だったので、寝たきりの母親を最後まで看病して看取ったそうなんだけれど、いくら子供でも女である母親はGさんに下の世話をしてもらうのを大変嫌がったそうで、そうなると食べたり飲んだりするのが億劫になったらしくて、最後のほうはかなり痩せてしまったということだった。そのことをG さんはとても悔やんでいて「オレが殺したようなもんだなぁ」なんて言っていた。
Gさんちには墓がなくて、（「金がないから墓も作れんよ」と言っていたからきっとそれが墓がない理由なんだろうけれど）ダンボールで作られた祭壇に母親の骨壷と、その隣の仏壇には祖父と父親の骨壷があった。寺に預かってくれと言ったらしいのだが「今は空きがないけれど、京都の本山だと１０万円で預かってくれる」と言われたそうだ。
荷物を片付けるという作業の大部分は母親の物を捨てることだったし、実際１トントラックで８回分がゴミとして処分された。片付けてしまうと残ったのはその仏壇と骨壷とGさん１人分の荷物だけで、かなりのスペースが空いてしまって「これじゃ広すぎるからどこかに引っ越すかなぁ」なんて何度も何度もつぶやいていた。
その後ボク達は黙ったまま、それが唯一の供養のように、ただ押し黙ったままかなりの量の酒を飲んだ。夕立のあとのにおいがした。それは何年もの間に積もった埃のにおいなのかもしれないんだけれど、ボクにはずいぶん懐かしいもののように感じた。

これは2004年11月11日に書いた日記で、その時に写した写真なんだけれど、Ｇさんはこの後、直腸がんになってかなり長い間入院していたそうで、ボクに連絡があったのが昨年の11月、手術してから半年ほど過ぎ自宅療養している頃だったんだ。ボクは、ほら、その頃といったら、ちょうど田原にいたので、なんともすることが出来ないでいた。満了後、帰ったらお見舞いに行こうと思っていたのだけれど、それに、帰ってからもＧさんから電話があって、「じゃあ、近々お見舞いがてら遊びに行きます」なんて約束をしたのだけれど、その約束は未だに実行されていない、それを、今は深く考えている。
ボクは、この日記を書いたときにも、かなり泣いてしまって、それは、幸せというものは、財産、いや財貨の量とかなりのところで比例していて、そうなると、いくら価値観が多様化したといっても、絶対的なものはその量なのかもしれないなあ、なんて思うと、人の死までもが、その１０万円でしかないように、そしてダンボールで作られて祭壇というのが、死の価値しかないような、ちょうど自分の死や親の死を初めて考えたときのような、頬返しが付かないような感じを受けたんだ。
そのダンボールで作られた死、そしてそれを収めるべきショバ代としての１０万円、トラック８回分の人生、なんてのは、考えればかなりコンパクトで、それは普通考えれれている死のあり方からすると、「へん」だろうし、そのへんな感じが、どうも悲しかったのかもしれない。
Ｇさんのガンは、その４０数年という人生という長さ、そして、そこで生死ということを考えなければならないということ、それも普通ではなくて、へんな経験だったのだろうし、それがどうしてＧさんの身の上に起こらなければならないかということは誰にも分からないのだけれど、死というものにさえ何かによって計られていて、その度量衡がどんなものかを、ボクたちは知っていて、もうどうにもなんないよ、と、諦めているのかもしれないと、思っているんだ。