向弘苑の万灯万華会

そういえば13日の夜、向弘苑の万灯万華会に行ってきた。

多くの灯明をともして仏・菩薩(ぼさつ)を供養し、衆人の罪障を懺悔(さんげ)し、滅罪を祈願する法会。東大寺・薬師寺・高野山などのものが有名。

万灯会とはそういうことらしい。(大辞泉より引用)
絵灯籠の朱が闇に滲んで綺麗だった。
ボクたちは生きているだけでなんらかの罪を負う。肉や魚を食べ、野菜や穀物を食べる。子羊や仔牛が美味しいと言っては食べ、生き造りなんて生きたままの魚を食べる。子孫を残そうと着けた種を食べ、卵を食べる。
多くのもののおかげで生かされている。
この万灯万華会も、ボクは何一つしないで、ただ行って見て、そして写真を撮って…。そして「幻想的だった」なんて言っている。この暑い中、1000もの灯籠を張り、そしてひとつひとつに火を灯した人たちがいることなんか、イメージできないでいる。そして次に日には片づけて、掃除する。
なにひとつひとりで出来ることなんかない。
そんなことを考えていた。罪はなくならない。というか、日々罪を重ねている。「滅罪」しかできないのだろう。あとは感謝するだけ。「ありがたい」と感じることだと思った。
「ありがたい」と思えば腹も立たないだろうし。どんなお客様も「ありがたい」。こうして仕事があることも「ありがたい」。なによりもここに住んでいることが「ありがたい」。生きていることも「ありがたい」。
向弘苑の万灯万華会

1件のコメント

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    東京にいる編集者たち、tokyo editorとか何故ここを注目しないんだろう?
    凄いです。わたしには書けない文章です。
    その辺の、再販制度に保障された、くだらない書籍よりも、遥かに読む価値のある文章です!

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