伊勢湾フェリー存続について考えたこと

鷹一つ見付て嬉しいらこ崎

三川の国保美といふ処に、杜国が忍びて有りけるをとぶらはむと、まづ越人に消息して、鳴海より跡ざまに二十五里尋ね帰りて、其の夜吉田に泊る。
寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしき

芭蕉の「笈の小文」の一説。
1687年11月、芭蕉は俳弟子杜国を保美に訪ねた。師弟関係というよりももう少し深い関係、それは「愛」という感情を伴ったものだったようだけれど、それが芭蕉を「鳴海より跡ざまに二十五里尋ね帰りて」そして豊橋に泊まり渥美半島、伊良湖岬まで動かしたのだろう。杜国と逢えたことの感情のたかまりが「頼もしき」であり「嬉しい」のだろうと思ったとしても間違いはないだろうと思う。
そして伊良湖でふたりは別れるのだけれど、伊勢で再び落ち合うことになる。謹慎中の杜国は、海路伊良湖から鳥羽に渡ったようだ。そして伊勢神宮・吉野・奈良・大阪・須磨・明石・京都・近江と一緒に旅を続けた。その様子が以下の一説。万菊丸とは杜国のこと。

弥生半ば過ぐる程、そゞろに浮き立つ心の花の、我を導く枝折となりて、吉野の花に思ひ立たんとするに、かの伊良古崎にて契り置きし人の伊勢にて出迎ひ、共に旅寝のあはれをも見、かつは我が為に童子となりて、道の便りにもならんと、自ら万菊丸と名をいふ。まことに童(わらべ)らしき名のさまいと興有り。いでや門出のたはぶれ事せんと、笠のうちに落書す。
乾坤無住同行二人
よし野にて桜見せうぞ檜(ひ)の木笠
よし野にて我も見せうぞ檜の木笠  万菊丸
(参考、引用‐「笈の小文」)

春の山からころころ石ころ

三時の船で福江へ、海上二時間の眺望はよかつた。
島へ帰る人々、港の女!
やうやく福江に着いて、あちこち探して、よさゝうな宿を見つけた、吉良屋。
おとなしくやすらかな一夜であつた。

山頭火は1936年4月に渥美半島を訪れる。海路師崎から福江まで。19日のこと。翌20日には福江から伊良湖岬へと歩いている。そして

岬の景観はすばらしい、句作どころぢやない、我れ人の小ささを痛感するだけだ!
なまめかしい女の群に出逢つたのは意外だつた、芭蕉翁は鷹を見つけてうれしがつたけれど、私は鳶に啼かれてさびしがる外なかつた。
易者さんですか、俳諧師ですよ!

そして伊良湖から赤羽根へと歩く。

伊良湖から日出、堀切、小塩津、和地と歩いた、豌豆の外に花を作つている、金盞花が多かつた、養鶏も盛んである。
途中からバスに乗つて、赤羽根といふ漁村のM屋に地下足袋をぬいだ(昨夜の吉良屋老人に教へられた通りに)、予想したよりも、さびしい寒村であつた、宿も何だか変な宿だつたが、それでもアルコールのおかげで、ぐつたり寝た。
――たうとう雨になつた。
(参考、引用‐「種田山頭火 旅日記 昭和十四年」)

海からの岬の景色はどんなんだろう。こうしてふたりの俳人の文章を読んでいると今すぐにでも船に乗り見たくもなる。伊勢湾フェリー、伊良湖・鳥羽航路の存続問題を耳にした時、最初に頭に浮かんだのが杜国や山頭火の船旅だった。
この十数年、ボクたちの目指したものは、スピードだったりコストだったりした。ムダの削除、コスト至上主義が叫ばれ続けた。デフレ気味の経済がそれに拍車をかけた。そうして人々の思想までも、そういったイデオロギーが染めるようになった。美意識の中にもコストなんて無粋なものが侵入してきた。
フェリーだけではなく、寝台特急も次々と廃止された。東京大阪間が十数分早くなることにどれだけ意味があるのかは分からないが、その時間で優劣が決まるようになった。「早いことは良いこと」なのだ。高速道路1000円ということだけではないのだと思う。とにかくコストパフォーマンスが何事においても最重要課題なのだ。18きっぷが人気があるのは各駅停車でゆっくり旅をする、という目的ではなくて、安いからなのだろう。18きっぷで旅をしているとやはり「いかに効率的に移動するか」ということに血眼になっている人が多いのに驚かされる。
三重県鳥羽市の木田久主一市長は「航路存続に対する市民の期待が大きかっただけに良かった。市民に元気を与える」と評価したそうなのだけれど、それ以上に文化的遺産としての意義もあると考える。
豊橋マルエイが閉店してはいけない理由でも書いたのだけれど、文化的な意味や、情緒的な意味なんてことも考える必要があると思う。観光資源という案件だけで世界遺産や文化財が存在すると考える人は少ないと思う。地域の発展、あるいはその地域の民度なんてのは、そこにどれほどの文化的な形があるかによって大きく左右される。アイデンティティなんてものも同じことだろうと思う。子供たちがどれほどいろいろなことを見て感じて経験するかなんてことでその地域の将来はずいぶん変わってしまうと思う。
芭蕉と杜国の足跡が残ったことはよかったと思う。師崎伊良湖航路はあるにしても、山頭火の見た風景を多くの人が感じることがこれからも出来るということはよかったと思う。経済や雇用の問題以上によかったと思うのだけれど…。
伊勢湾フェリー:航路存続へ 行政の経済的支援を受けて – 毎日jp(毎日新聞)
伊良湖灯台
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