中野町の問題なのだ
南栄と新栄を近くだと思っていたり、本興寺までと言われて「そのお寺はどこにありますか」と聞いたり、玉川までと言われて「何店ですか」と玉川うどんと間違えたり、そんな男もなんとかタクシー運転手として半年過ぎて、たまに「運転手さん詳しいね」なんて褒められることもある。
それでもまだ知らないところのほうが多くて、運転手としてのクオリティは低い。お客様に行き先を聞いてもピンとこなくて、頭が真っ白になるときがある。そして逆走することも時折…。一日一回は「あ~もうこんな仕事嫌だ」と辞めたくなる。車の中で叫ぶときもある。
普通は、1年近くやると何かが見えてきたり、仕事に対しての自信が湧いてくるものだけれど(逆もあるけれど)、お先真っ暗。「なんとかなってるし」なんて開き直ってしまうしかないのかもしれないと思ってみたりする。
道のこともなんだけれど、接客もしっかりしなくてはいけないし、運転も事故はもちろんだけれど、急発進急ブレーキ急ハンドルを避けるために慎重になる、神経を使う。背中に汗が伝う。冷汗。信号待ちがとても長く感じる。「たのむ早く変わってくれ」と祈る。信号待ちの間にメーターがカチリと上がる、ボクの心臓もそれに合わせてドキリとする。突発性の不整脈を起こしているに決まっている。
因果な商売…。
広小路からのお客様。
「なかのまち(仲ノ町)まで」
「なかのまち(中野町)はどのあたりでしょうか」とボク。
「サークルKのところで」
「はい、かしこまりました」
駅前大通、理容美容オチの交差点に出て、そこを右折、柳生橋駅の方に向かおうとウィンカーを点けたところで「そっちの中野じゃないよ」とお客様。ボクの頭の中では中野町のファミリーマートへの道順が組み立てられていた。
「あ、すみません。どこの中野ですか?」
「そっちはナカノチョウ(中野町)、ナカノマチ(仲ノ町)は円六から行って…」
そこでボクも初めてピンと来た。「そういえば今泉産婦人科さんのあたりが仲ノ町だったなあ」と気付く。「あ、すみません。中野町だと思っていまして。円六から向かいます。文化会館から行けばいいですか」と…。
なんとか仲ノ町のサークルKに着いた。あのまま右折していたら…。たぶん「どこに行ってんだよ」ということになっていたかもしれない。信号が赤だったから良かった。
いまだにそんなことがある。瓦町がピンと来ないこともあった。「川原町」をイメージしてしまう。そうイメージすると頭が真っ白になる。「かわらまち」を「瓦町」とイメージ出来ないのは、やっぱりこれまでの経験がジャマをするのだろうと。「かわらまち」は「川原町」だったのだから…。
まあ、それでも、あの頃、運転手になりたての頃よりは数段進歩した。往完(おうかん)を住完(じゅうかん)と言っていたのだし。それとか柱(はしら)を桂(かつら)だと思っていたのだし…。
それぐらいのレベルだったのだけれど、なんとか、本当になんとかやっている。これもそれも豊橋市民の優しさのおかげなのだろうと思う。あと、へんなお客さんにあたらないという、ボクのツキみたいなものもあるかもしれないけれど…。
きっと、ボク以上にお客様のほうがドキドキ、冷汗だったりするかもしれないと、こうして書きながら思ってもいるのだけれど…。きっと「へんな運転手にあたったなあ」なんて思っていたりするのだろうなあ…。
ごめんなさい。
なつめ旅館さんのこの看板はカッコいいと思う