市町村議会議員選挙について考えたこと

人は利己的な生き物である。

前回2011年の豊橋市市議会議員選挙の投票率は51.73%、前々回2007年は55.81%と、県議会議員選挙や翌年の市長選よりは高い。理由はとても明白で「身近」だからだ。自分たちの生活、例えば家の前の生活道路が舗装されるとか、地域にコミュニティバスが運行されるとか、就職をあっせんしてくれたり、冠婚葬祭に出てくれた、なんて直接自分たちの生活に関係するからだ。

そういった直接的な利益だけではなくて、近所のおじさんやおばさんだったり高校の先輩、会社の人だったりして、候補者がやっぱり「身近」な人で、いろいろな人から「お願い」されるもんだから投票する。だから投票率が高くなる。国会議員選や県議選の投票に行かなくても何にも言わない親も「あんたなにしてんのよ、○○さんに投票しなきゃダメじゃない」と怒る、怒鳴る。

今回の豊橋市議選は定数36名に42名が立候補している大選挙区制だとしても、やっぱりそんなふうで近所とか身近な「校区」が一選挙区の小選挙区制になる。ボクはそれを悪いことだとは思わない。それが地方の選挙だと思っている。

その小選挙区の利益をもたらすために立候補する、そして議員として働く。その積み重ねが街の発展になるのではないかと思ったりもする。あるいは組織から立候補して、その組織の代表としてものを言うことも、そんなに悪いことではないと思う。

自分の利益になるから投票する。それが普通の人間の選挙行動だ。国家のためになんてことはそれほど考えない。だから国政選挙のほうが相対的に投票率が低くなる。

「愛校区心」なんて「愛国心」をもじって批判的な意見を言う人がいるけれど、自分の住む地域や自分の暮らす組織の利益を考えること、そうしてそれらの代表者に一票を入れることは、上に書いたように普通のことだと思う。

校区に候補者がいない地域でも、その自治会が推薦したりして、やっぱり「オレんとこも頼む」と約束をしているので、きっとその候補者は推薦してくれた「近所の」校区も面倒をみることになる。愛校区心で地域が結ばれている。愛は地域を救う。

若者の選挙離れ、政治離れの一因は、自分たちの利益が見えないからだ。それどころか政治家はいよいよボクたちを見殺しにしようとしている。誰も助けてくれそうにない。ボクたちは救い主が現れるのを待ち望んでいる。誰か相談する人も欲しい。立候補している隣のおじさんやおばさん、先輩や会社の人は、そんなボクたちの悩みを聞いてくれそうだ。そして親身になってボクたちのことを考えてくれそうだ。労働問題も法律のことも、そして仕事のことや恋愛のこと、家族のことなんかすべて相談にのってくれそうだ。

愛校区心、愛組織心、大いに結構。ボクたちは身近に結ばれたいのだ。だから若者よ選挙に行こう。(おじさんおばさんもだ)

ということで違うページに「校区別立候補者一覧」を作ってみた。参考していただいたらと思う。

豊橋市議会議員選挙 校区別候補者名

室戸まで

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA