タクシーの乗務員証の撮影について考えたこと
タクシーの乗務員証(運転者証)について考えてみます。
と言うのも、タクシー運転手の乗務員証(運転者証)を撮影し、ツイッターに「晒す」行為が増えているからです。
(乗務員証と運転者証は違うのですが、ここでは乗務員証としています)
結論
最初に結論を述べます。
乗務員証を撮影するという行為自体は犯罪にはできません。さらに、タクシー運転手側に違法行為があった場合の証拠として撮影することは正当化されるでしょう。
弁護士ドットコムにも同様の質問が寄せられています。
無線局や会社に苦情を入れる為か、乗務員証の写真や動画を撮影されました。これは、違法では無いでしょうか?
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回答の閲覧は有料になっていますので伏せますが、直ちに違法というわけではなさそうです。
乗務員証撮影が正当化される場合
乗務員証の表示義務は「輸送の安全及び利用者の利便の確保」のためであり、「運転者としての資格と責任を明示し、利用者の安心を担保」することにあります。だとすると、利用者の安心安全、利便性を毀損する行為や違法行為を訴えるために証拠として撮影することは正当化されてもいいはずです。
損害賠償の請求
しかし、正悪の判断ができない状況でのSNSへの投稿は控えたほうがいいと思います。なぜならば、「正悪の判断ができ」てないからです。なんら罪のない人をネット上に、さも犯罪者のように「晒して」しまうこと、それこそ悪だからです。そして肖像権やプライバシーの侵害になるからです。
問題の本質
善悪正悪を問う前に、問題はなぜ運転者証を写されるのか?ということです。
写される前には必ず利用者とのトラブルがあります。そのトラブルが解決しないために運転者証の撮影や録画という行為になる、ということです。
ようするにタクシーを「安心安全」に利用できなかったからなのです。
撮影されるという前提
安心安全に利用できない、そのことは「輸送の安全及び利用者の利便の確保に資することを目的」としたタクシー業務適正化特別措置法に反します。そして乗務員証のタクシー車内表示を定めて「運転者としての資格と責任を明示し、利用者の安心を担保する」という法の目的に合致するのです。
ということは、不適格な行為や運転手は運転者証によって明らかにされる、ということも含意しています。したがって、写されることもある、ということです。
問題解決のために
これまで述べてきたように、写されることはあります。ところがそれを正悪の判断がなされていないままに晒すと違法になります。
その正悪の判断をするのは誰でしょうか?
正悪や是非を判断するのは運転手でも利用者でもないはずです。第三者の判断に委ねる必要があるのではないでしょうか。
そうした過程を経たあとでも「見せしめのため」に晒す行為は、いくらなんでもやり過ぎだと思います。しかし、それもボクが決めることではありません。
法の改正
昨年、SNSでの拡散の問題化を受け、国土交通大臣が、バス運転手の氏名の車内掲示の見直しを示唆しました。
東京交通新聞 2022年11月7日号
ただ、タクシーの密室性や特定の困難さを考えると、バスができたからタクシーも、そう簡単にはいかないと思います。
ではどうするかというと、
乗務員証の改善
結局、運転手の特定が目的ならば、なにも運転手の顔写真と本名だけを表示させることはないと思います。
撮影されても運転手の肖像権やプライバシーを毀損しないものに変えればいいのです。
上の画像のようにです。運転手の写真なしで社長の顔写真を掲載する、というのはどうでしょう。または、顔写真の部分にスクランブルがかかるようにするとか?
通報システムの改善
数千、数万という稼働中のタクシーの密室でのトラブルをどう解決するのか、ということになります。結局「ドラレコを見てから」なんてことになると思います。
クレーム対応への不信感も利用者にはあるでしょう。「どうせ運転手の肩を持つんだろ」という声もあります。
まとめ
運転手の質を高める、なんてことではトラブルはなくなりません。となると、結局、乗務員証の改善とトラブルの起きない車両の開発というところに行き着きます。いえ、トラブルの起きにくいシステム(車両も含めて)の開発と、トラブルを解決できるシステムの開発、ということになります。
例えば、
- 運転手と利用者の完全分離
- 運転手を介在しない経路、料金、支払い
- 運転手負担の撤廃(としゃ物清掃など)
- 歩合給からの脱却
これらでずいぶんとトラブルが減少するはずです。
繰り返しになりますが、その前に、簡単にSNS上に晒さない、ということなのでしょう。それをさせない仕組みを設計することが必要なのかもしれないと思っています。
続いて運転者証について考えてみます。
乗務員証とはなにか
タクシー業務適正化特別措置法での位置付けについてみてみます。
第3条第1項 登録運転者の乗務
タクシー事業者は、タクシー運転者登録原簿に登録を受けている者以外の者を運転者として乗務させてはならない
すなわち、旅客運送のためにタクシーに乗務できるのは、登録を受けている者だけです。
第14条 運転者証の交付
国土交通大臣は、タクシー運転者として登録運転者を雇用しているタクシー事業者の申請により、当該登録運転者の登録に係る単位地域ごとに当該登録運転者に係る運転者証を公布する
登録を受けた証が登録タクシー運転者証(運転者証)になります。
第13条 運転者証の表示
タクシー事業者は、タクシーに登録運転者を乗務させるときには、登録運転者証(以下「運転者証」という)を国土交通省令で定めるところにより、当該タクシーに表示しなければならない
運転者登録制度の歴史
先述の通り、旅客運送のためにタクシーを運転するためには、登録原簿に登録され、運転者証を交付された者が、運転者証を規定に従って表示しなければならない、ということになります。
この登録制度は、東京と大阪だけでしたが、平成20年6月に改正され13の指定地域に拡大されました。平成27年10月の改正1で「全国全ての地域において、タクシー運転者は講習を受講したうえで、運転者登録を受けなければ業務に従事することができなくなりました」2
東三河南部交通圏においても、平成27年10月より既存運転者の講習と運転者証の発行を行いました。
それまでは各事業者が作成した「名札」と呼んでいた「乗務員証」がありました。現在でも規則として残っています。しかし、上述のように特措法の改正により「全国全ての地域において」運転者登録制度が行われていますので、有名無実化しています。
旅客自動車運送事業運輸規則
第37条 乗務員台帳及び乗務員証
一般乗用旅客自動車運送事業所に対しては、事業用自動車に乗務する運転者に乗務員証の携帯を義務付けるものである
第37条第3項 乗務員証の作成・記載、携帯・返還
1.乗務員証の作成義務者は、一般乗用旅客自動車運送事業者である
そして
5.写真については、乗務員台帳と同じものを「はり付け」させること
とあり、ベテランの運転手の乗務員証には30年前の写真が貼り付けられていて「ええ、これまるで別人ですよね」というようなことが起きていました。
さらには、
7.乗務員証は、乗務中のみ携帯させるものであり
表示の義務がありません。
乗務員登録制度の目的
登録者制度は、単位地区内においてタクシー運転者として適格な者を「登録」し、登録運転者であることを証する「運転者証」をタクシーに表示することを義務づけることにより、運転者としての資格と責任を明示し、利用者の安心を担保するものとも言えます。3
タクシー業務適正化特別措置法の目的が「輸送の安全及び利用者の利便の確保に資すること」であり、登録制度も「利用者の安全と安心」ということに行き着きます。
「適格な者を『登録』し」ということに注目すると、この制度以前までは、その「適格」かどうかを判断することが困難でした。
例えば、法を犯して前の会社を懲戒処分になったタクシー運転手がそのことを隠して雇用される、あるいは事業者がそのことを分かった上で雇用する、ということが起きていました。
登録者制度により運転者登録原簿で運転者を管理するようになった、ということです。それは安心安全の担保のための(悪質運転者の)排除システムを含意してます。
以上がタクシー業務適正化特別措置法における運転者登録制度と運転者証の概要です。
さらにまとめとして
利用者の「安心安全」のための運転者証が、運転手の安心安全な暮らしを毀損する。そして利用者と運転手の対立が起きる。そのうち傷害事件が、なんて考えると、早いうちにこの問題を「バスのように」解決しなければなりません。
そしていつも思うのですが、タクシーの問題はいつも「利用者と運転手の問題」にされています。売り上げも、事故も、そしてこの問題もです。教育の機会はあるのか?指導はされているのか?などの疑問も残ります。そのことを含めて、歩合給による賃金と、売上による人事考課など、タクシーのあり方にも問題があると思います。
- 報道発表資料:タクシー運転者登録制度を全国に拡大します~主な政令指定都市から全ての地域へ~ – 国土交通省
- 愛知県タクシー協会「タクシー運転者の講習テキスト」
- 愛知県タクシー協会「タクシー運転者の講習テキスト」法令27