菟足神社:東三河の歴史を刻む式内社

豊川市小坂井町に鎮座する菟足神社(うたりじんじゃ)は、延喜式内社としての格式を誇る古社です。祭神の菟上足尼命(うなかみすくねのみこと)は、雄略天皇の時代に穂国(現在の東三河)の国造に任じられたと伝わります。社名にある「菟」の字は、草冠に刀と書く独特の字体が用いられています。

白鳳時代から続く遷座の軌跡と平井八幡社の興り

社伝によれば、白鳳2年(673年)に勅命によって平井の柏木浜に祀られたのが始まりとされています。その後、白鳳15年(686年)に現在の新宮の地へと遷座しました。

この遷座を惜しんだ平井の住民が、跡地に再び菟上足尼命を祀って建立したのが平井八幡社の起源であると言われています。かつて平井八幡社は、菟足神社最初の鎮座地に近い柏森に位置していましたが、天文11年に現在地へと遷座しました。

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「八幡」の名に秘められた政治的背景と呼称の由来

歴史の荒波の中で、菟足神社は一時期「菟足八幡宮」と称していた時代がありました。これについて歴史学者の太田亮氏は、九十五石もの広大な朱印地を維持するために、当時権威のあった八幡信仰を勧請したのではないかと推測しています。名を捨てて実を取るという、社領を守るための政治的判断があったと考えられています。

また、平井八幡社が「下八幡社(しもはちまんしゃ)」と呼ばれているのは、本宮にあたる菟足八幡宮に対しての呼称です。二つの社の関係性は、こうした歴史的な「八幡」の名称を巡る繋がりによっても形作られてきました。

中世の古文書から「風祭り」まで、地域に息づく文化遺産

古社ゆえに今川義元・氏真の禁制や徳川家康の制札など、中世の貴重な資料が数多く残されています。国指定重要文化財の「大般若経」をはじめ、吉田城主・小笠原長重が奉納した元禄4年の石鳥居など、境内はまさに文化財の宝庫です。

なかでも『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』にもその名が見える「風祭り」は、かつて「いけにえ祭」とも称され、この地方を代表する春の神事です。愛知県指定無形民俗文化財である「田祭り」とともに、この地の重層的な歴史を今に伝える貴重な伝統となっています。

今昔物語集 巻十九第二話 参河国大江定基出家話:現代語訳

菟足神社古図
参河国名所図絵 上 (愛知郷土資料叢書 ; 第12集) – 国立国会図書館デジタルコレクション

菟足神社

菟足神社の地図・行き方

倉屋敷の若宮八幡社・小坂井古屋敷跡 – 豊川の旅
小坂井の若宮社、風祭りの神輿を迎える御旅所 – 豊川の旅
平井八幡社:洪水と試練を越えた「社供神」の物語

参考文献
豊川市教育委員会編.令和2年.『新版 豊川市の歴史散歩』.豊川市.
小坂井町誌 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
神社を中心としたる宝飯郡史 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
愛知県神社名鑑 – 国立国会図書館デジタルコレクション.

 

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