交通事故と県民性 秋の交通安全週間が終わって考えたこと

交通事故と県民性について考えてみた。というのも、昨日も豊橋市内で死亡事故が発生した。交通安全週間なんてことをやっても、なにをやっても、今年も日本一、それも14年(?)連続は間違いない。

交通事故死もだけれど、泥棒が多いのも愛知県で、住宅を対象にした侵入盗の件数も9年連続ワースト1位。2位との差が1000件もある「全国的に見ましても突出した発生が続いて」いるそうだ。

犯罪発生率も全国2位だとかで、「愛知県民でなくて良かったよ」なんて、コッソリ思っている。

地域別に比較すると、死亡事故数が多い地域・場所は次の通り。

  1. 一宮
  2. 豊田
  3. 高速道路
  4. 岡崎
  5. 稲沢

泥棒の犯罪率はというと、

  1. 一宮市
  2. 豊田市
  3. 春日井市
  4. 緑区
  5. 岡崎市。

泥棒の数と死亡事故数は重なっている。

交通事故と県民性、地域性、人間性

ということは、人間性の問題なのか?その地域に住む人々の道徳観とか倫理観の問題なのか。交通事故や犯罪には県民性が漢検する?それならばいくら「交通安全週間」なんてものをやって警官が立哨し笛をふいたところで、各事業所が幟を立てて朝礼で安全運転を唱和したところで、改善はされない。

もうそれは文化とか風土とか親の躾とか学校教育とか、そういった外縁の問題に帰着するのだ。つまり、県民性。例えば「秋田美人」とか「九州男児」とか「肥後もっこす」とか「江戸っ子」と同じで、「三河不義」とか「尾張不道徳」なんてことになる。

良いのそれで?

なんてボクが心配したところで、やがて哀しき県民性、違反や犯罪はな~んとも思っていないのかもしれないし・・・。

そうしてそれは一般人だけの問題ではなくて、以前書いたように、首長が飲酒運転で逮捕されたり、県警がごまかしたり、そんな事件を考えると、もうどうにも止まらないなにか運命というか呪縛というか血というか、そんなものを感じさせる。その運命とか呪縛とか血を県民の「性」というのだろうけれど・・・。

期間工や派遣社員の怨霊がな…

きっと遠くは戦国時代の、近くは期間工や派遣社員の、怨念がそこいらじゅうに地縛霊としていて、そうして人々を呪っているからかもしれないと思っているのだけれど・・・。

愛知県の交通事故死者数がワースト1の理由
逃げる理由 ~拝啓 豊橋警察署長殿~
田原市議の飲酒当て逃げ事件で考えたこと

愛知県内警察署別交通死亡事故者数
愛知県内警察署別死亡事故者数
愛知県警察/交通事故日報(暫定数)ここの数字を表にしました。

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県内市町村別侵入盗ランキング
juutakujittaih27.pdf

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