深溝断層:三河地震の爪痕と活断層の記憶
幸田町深溝(ふこうず)に位置する「三河地震による地震断層(深溝断層)」は、昭和20年(1945年)1月13日に発生した三河地震の際に地表に現れたものです。
マグニチュード6.8という直下型地震の凄まじさを物語るこの断層は、最大落差約1.5メートル、最大左ずれ変位量約1メートルに及びます。この地震は、死者2,306名、全壊家屋7,000棟を超える甚大な被害をもたらしました。
大地を引き裂いた「逆断層」と「横ずれ」のエネルギー
地質学的には、断層の西側と南側が隆起する「逆断層運動」と、地盤が互いに左側へずれ違う「左横ずれ運動」が同時に起こったと考えられています。現地の解説板や、地盤の動きを可視化した「変位柱(杭)」を参照すると、南側が隆起しながら東へ、北側が沈降しながら西へと複雑に動いた大地の躍動を間近に感じることができます。
整備された遺構と天然記念物としての価値
この深溝断層は現在、愛知県指定天然記念物となっており、貴重な地質遺構として保存されています。周辺には駐車場や遊歩道が整備され、訪れる人が地震の脅威とメカニズムを直に学べる貴重な場所となっています。
活断層としての現状と未来への備え
深溝断層は現在も「活断層」に分類されていますが、大きな揺れを伴う活動を終えたばかりの「休息期」に当たると考えられます。一度大きな活動をした断層は、再びエネルギーが溜まるまでに数百年から数千年の時間を要するため、短期間に同規模の地震が再発する可能性は低いとされています。
しかし、周囲に潜む他の断層の活動や、近い将来発生が懸念される「南海トラフ地震」の影響については、常に考慮しておく必要があります。この遺構は、過去の記憶を伝えるだけでなく、私たちが未来の災害にどう備えるべきかを問いかけています。






深溝断層の地図・行き方
三河地震と戦争と、そして三河港と
わすれじの碑 – 形原町
三河地震による地割れ – 震源地近くに残る地震の爪痕
震災復興記念碑 – 戦時下の未曽有の災害を伝える碑