命日に父のことを考える夜

ワークライフバランスなんてこととはまったく関係ない日常。想い出だけが精神のバランサーのような日々。こんな寒い日だったかと、18年過ぎたあの夜のことを、そっと思い出していた昨日は、父の命日だった。もはや10年もすれば、ボクも、その歳になるのだけれど、いまだに人の澱の中でもがいていて、時に窒息しそうになる。

生活も仕事も、酒も食事も、独りのほうが気楽だ。家族も友人も、誰もいないほうが安楽だ。そうしてそう思えるようになったことが、なにより快かったりする。そしてなによりもボクらしく生きられるように思う。「ボクらしく」というのが、ボクの「意味への意志」なのだろう。

あの日のような曇り空だ。人の澱を写して空も腐敗している。瘡蓋のような太陽が鈍くヒカル。

これからお昼ご飯を食べて、そうして眠る。そのうち目がさめて、きっと寒さに目がさめて、ボクは夜を知るのだろう。

命日父の命日に母親から荷物が届く。 米とか乾麺とか餅とか・・・。 「ちゃんと食べているのか」、父親の口癖だった。ボクたちが子供の頃には、結婚式やお祝いの席の料理を持ち帰ってくれて…
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