豊橋のホームレス、実態に関する全国調査(概数調査)結果について考えたこと
ホームレスの実態に関する全国調査の結果、豊橋市では23人が12人に半減したそうだ。
ホームレスについて、このブログでもずいぶんと書いてきた。というのも、派遣社員や期間工、その後のタクシー運転手、豊橋はホームレスの予備軍が多い。ボクもそうだった。いや、今もそうだ。
ホームレスの実態
そうしてボクもそのひとりだと思うからだ。
ホームレスが存立できる街というのは、実は住みやすい街なのではないだろうか。豊橋という街に彼らの姿が目につくのは、その街に「懐の深さ」がある証拠だと思えてならない。
かつての宿場町、東海道筋という歴史を経て育まれた土地の温度や気配(霊気)は、数百年という単位で積み上げられたものだ。
そんな懐の深い、霊験あらたかな豊橋市で30年度の調査で23人いたホームレスが、31年度の調査では12人と半減した。住みにくい街になりつつあるのだろうか?あるいは路上生活から抜け出すことが出来たのだろうか?それとも亡くなったのだろうか?
ホームレスの実態に関する全国調査(概数調査)結果について
豊橋のホームレス
ホームレスのオジさんが亡くなったそうだ。そのおじさんは、豊橋駅に10年前から住んでいた。そして、タクシー乗場近くに寝ていた。人の良さそうなオジさんだった。その人の良さが運の悪さをまねいたのかもしれないと、思ったことがあった。
11人はどうなったのだろうか。
唯一彼らと社会を繋いでいたビンカンボックスが街から撤去され、わずかばかりの収入減を絶たれてしまった。そのことも減少に関与していないわけがない。今年は降雪もなく暖かな冬だった。いったいこの街のホームレスはどこに行ってしまったのだろうか。
そういえば7~8年前、豊川の河川敷でブルーシートの家に住む2人のホームレスがいた。彼らは河川敷の整備、それはゲートボール場を作る整備だったのだけれど、その工事開始時期からいなくなった。
その時、なんとなくだけれど、ボクは、嫌な気持ちになった。異界、確かにそういった雰囲気がして、多くの人は忌々しく感じていたかもしれないけれど、彼らにとっては、例えば浄土だったかもしれない。仮に救済されたとしても、それはまるで追放ということだったのかもしれない。排除するために開発をする。嫌な気持ちの源流は、そんな思いからだった。
みんな幸せになれる街
今回も、半減したことは、きっと良いことなんだろうと思う。多くの人がそう思っているはずだ。なにかの結果がその半減に繋がっているのだろう。どこかでその成果を喜んでいる人もいるはずだ。生産性という数値で優劣を決める世の中で、生産性のない人々の退場は喜ばしいことだろう。
ただ、やっぱりボクは、なんだか不安になっている。この調査が文字通り「ホームレスの自立の支援」のために行われ、その結果として半減したのならば良いのだけれど、住みにくい街になりつつあって、100年200年の歳月を経て熟成された街の温度や風土が、なにかの力によって取り崩され、人びとが住みにくい街に変わりつつある、その結果として半減したのではないかと、なにか悪い予感がする。それが不安になっているのだろうと思う。
たった12人、それなら全員救済されてもいいはずだ、「ホームレスの実態」を考えながらそう思った。ただし彼/彼女たちの意志でだけれど。

豊橋駅ペデストリアンデッキのホームレスたち、3人。