疎外された労働、トヨタ自動車の終わりの始まり

疎外された労働。

2009年、前年のリーマンショックという何か分からない事実をもってこの国の企業は、ボクたち非正社員を穴蔵からさらに非情な路上へと追い立てていた。

その首謀者のひとりであるトヨタ自動車は13兆円という巨額の内部留保を抱え込んでいた。そこで働く末端の社員どもでさえ3億円もの不正な収入を得て肥え太っていた。

同じ年の秋には、何もなかったように破廉恥にも期間従業員の募集を再開する。穴蔵から放り出され、飢え餓え、ホームレスに、強盗にもなり、そして中には自殺する人もいた時期にも彼らはぬくぬくと肥え太っていた。

その間に、この国では貧困や格差が社会問題化した。生活保護を受給する人が増え、相変わらず非正社員は減ることはない。(生活保護や自殺なんてものの多数は労働災害なのだ)

問題は、法律を変えるということや生活保護の厳格化、労働法の改正ではない。トヨタをはじめとする、企業のモラル・倫理観なんてものの回復が必要なのだ。人としてのまっとうさが経営が求められているのだ。

疎外された労働と国民、誰がそのピンクラに乗りますか?

豊田章夫氏がどんなに笑顔を振りまいて、ピンクのクラウンに乗ってみせようが、その腹のどす黒さをボクたちが知ってしまった今となっては、誰がそんなクルマに夢を持てるのか。誰がそんな薄汚いクルマを持ちたいと思うのか。

薄汚れた社員どもよ、お前らがどれほど汚れた作業に加担しているかを思え。そうして、どれほど人を殺しているのかを思え。

「労働者が骨身を削って働けば働くほど、彼が自分の向こう側に作り出す疎遠な対象的世界がそれだけ強大になり、彼自身つまり彼の内的世界はいつそう貧しくなり、彼に属するものがいっそう乏しくなる」(マルクス)

そうして、この世の中からなにか大切なものがなくなっている。この国自体もなくなりつつある。もう夢や希望、愛なんて言葉も死語になってしまっている。疎外された国民になっている。

トヨタ元社員ら、3年間で3億円の不適切請求 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

ピンクのクラウン 疎外された労働の象徴
「ピンクラで、忘年会はピンサロに行くんだもんね」
新型 トヨタ クラウン – 新車発表・続報 – 新車情報 – Yahoo!自動車

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トヨタ自動車社長への手紙

6件のコメント

  • そうですねえ、デメリット<メリットって関係式が崩れれば自動車もなくなるのでしょうが。まあ、無駄に大きいクルマなんてのは、やっぱり無駄だし危険だしなあ。

  • 飲酒や無免許など誰がみても加害者に重大な落ち度がある悪質な死亡事故に関しては最高刑を死刑または無期懲役にしてもいいとは思います。
    加害者に明らかな殺意があると認められる場合殺人罪が適用されることはいくつか例はありますが難しいでしょうね。
    逆に無灯火の自転車、自動車専用道路での歩行者や自転車、酔っ払って路上で寝てた・・・といった被害者にも相当の落ち度があるものを重罪に処すのは少し理不尽な気もします。
    今後自動車がどんな形になっても交通事故・環境への悪影響といったデメリットを完全になくすのは無理でしょう。

  • 年間一万人ほどの人が殺されても、その凶器とは手を切れない状況にあるのだろうし…。
    本当に業務じゃないものに対しては殺人罪でも良いのかもしれないなあ。そうするとまたクルマ離れで、経済界が猛反発するか。人命よりも経済だからなあ。それは原発事故でもハッキリしたわけだし。
    金持ちはタクシー使えば良いのにね。

  • クルマは走る凶器ですね。元フジテレビの女子アナも駐車場内で死亡事故をおこしました。交通事故で人が亡くなった場合、罪が軽いのが不思議です。業務上過失致死で逮捕にならないなんて…。

  • クルマの中のあの空間は好きだったするのですが…。特に雨の日のドライブなんてのは。
    まあ、所有することの意味とか意義なんてものを、あまり感じないので。地方に住めば必要になるのでしょうけれど…。
    まあ、そういうクルマ社会を意図的に国家的につくりあげてきたのでしょうけれどね。これからもクルマなしの世界ってのも考えにくいでしょうし。というか、蓄電場所としての活用みたいなことも言われているし…。

  • 現在諸事情により自動車の所有および運転は一切していませんがそれでよかったと思っています。自分には向かなかった。
    正直いって車を持つこと、運転することに対する罪悪感はかなりのものがありましたしそもそも運転を楽しいと思った事すらありません。持っていないと一人前の人間として扱ってくれないといった消極的な理由がある日非常にくだらないものと気がついてどうでもよくなりました。
    これは同じ職場に居ながら所有および運転が認められていない方に対する申し訳ない気持ちも含んでいます。
    交通事故や仕事上の失敗等本人に過失があって認められてない方に関してはその限りではないですが。
    自分が自動車と「絶縁」することで一人でも心が救われるのならそれでよいです。一応運転免許の更新はするつもりですが。
    自動車や運転免許を持っていないだけで人間として失格などとわめく危険思想の連中こそこの世から抹殺されなければならない。

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