篠山詣り(27日目の1)

篠山詣りとは、38番金剛福寺を打ち終え39番延光寺、その先の40番観自在寺、41番龍光寺への途中にある篠山神社への参拝を言う。

延光寺までは、打ち戻るルートと、海岸線を通る月山神社ルートがある。

延光寺ルート 戻るか行くか迷故三界城(24日の2)金剛福寺から延光寺までは、6つの延光寺ルートを選ぶことになる。 迷故三界城、悟故十方空、本来無東西。何処有南北。足摺岬からもう一度遍路ころがしが待っている。 津呂を抜けてペン…
続きを読む
 kixxto.com
延光寺ルート 戻るか行くか迷故三界城(24日の2)

篠山詣り

ただ「遍路修行の道」というものがあり、へんろみち保存協会の「四国遍路ひとり歩き同行二人」には次のような記述がある。1

古来、金剛福寺を打ち終えた遍路は、次のいずれかの道程を選ぶことを不文律としてきたと伝えられている。

  1. 打ち戻って延光寺から篠山詣りをする。
  2. 月山詣りを終えて延光寺を打つ。

となると、月山詣りは72.5km、打ち戻りは50km +篠山詣り。つまり、この不文律も、迷故三界域ということになりはしないだろうか…。

さて、その篠山詣りは次のような経路になる。

  • 延光寺篠山〜札掛〜観自在寺龍光寺
  • 延光寺〜札掛〜観自在寺〜札掛〜篠山龍光寺

つまり、観自在寺を打つには札掛を通ることになる。その札掛で「篠山詣りを果たせなかった遍路が、この地に札を掛けて篠山を遥拝した」ことで、地名になったということだ。

観自在寺へ

4時に同宿人を殺めてしまったボクは、そのまま起きていて自販機の灯りで日記を書いたり、前日に買った包帯を菅笠の台座に巻いていた。歯痛で飲んだ鎮痛剤が効いているのか膝の痛みは少なかった。徐々に明けてゆく空を睨みながら出発するタイミングをはかっていた。6時30分出発。いよいよ長く苦しく哀しかった高知も終わりに近づいていた。

宿毛から四十番札所観自在寺へは、56号線篠川を遡って愛南町へ抜ける篠山詣の遍路道を通った。前項で書いたように、篠山詣りをしない松尾峠超えの遍路道がある。昨日の青年も松尾峠の子安地蔵の通夜堂に宿泊してから一本松に抜けているはずだった。(彼は松尾大師堂と言ったのだけれど)

一本木トンネル入り口にある「愛媛県」「愛南町」の道路標識 篠山神社への分かれ道
(そして修行の道場を抜け、菩薩の道場愛媛県に入った)

その篠山神社へは国道56号線、正木トンネルの手前から右折するのだけれど、トンネルの手前がちょうど愛媛と高知の県境になっていて、ボクは篠山というよりも愛媛に早く入りたいと交差点を通り過ぎた。8時少し前だった。そしてボクは愛媛に入った。修行の道場を抜けて、いよいよ菩提の道場へ来たのだ。少し身体が楽になったようにも感じた。膝も鎮痛剤とバンテリンが効いているのか調子は良かった。歯は痛んでいたけれど。

一本松

8時40分フレッシュ一本松着。のり巻き、あんぱん、卵焼きを買ってバス停のベンチで食べた。一本松温泉がそばにある。10時からの営業、あと1時間…考えた。風呂に入りたかった。ムカデのこともあった。9時出発。

10時、56号線の道端で休憩。10時10分出発。ぐっと気温が上がっていた。車でドライブというのには気持ちよさそうな道路だった。ゆったりとしたカーブと上り坂、晩秋の乾いた空気と広がる青空、その青と紅葉の始まった山、牧歌的と表現するのだろう風景は歩くには退屈なものにしかすぎなかった。

11時少し過ぎに愛南町に入る。宇和島バス城辺駅手前で男性にみかんをいただく。それを食べながら愛南町内を抜ける。僧都川にかかる橋を渡らず川の防波堤道路を歩く。川原の公園は整備されていて、野宿には良さそうな場所だった。そのことを最初に考えた。観自在寺はもうそこだった。

40番札所観自在寺の大師像が扉の向こうに見える 今にも語りかけてきそうだ
(40番札所観自在寺の大師像は結局なにも語りかけてくれなかった……)

目次

  1. 四国遍路ひとり歩き同行二人[地図編]

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です