サンシャインのマンボウ
サンシャイン池袋の出稼ぎマンボウの出身地は九州の蒲江という小さな漁師町で、運が良いのか悪いのか、定置網かなんかで捕まえられて東京までやって来た。昔ならば煮たり焼いたり刺身や鱠で、その小さな町の人々の貴重なタンパク源として、パタパタパタと尾びれを動かす抵抗だけで、一気にあの世に送り込まれていたのだけれど、今では捕えられては広いプールの住人となって「かわいい」なんて子供たちの人気者。
出稼ぎマンボウもその気になって、というか、もう食べられるという恐怖から解放されて、毎日適度な運動と管理された食事のもとに、あの頃の田舎臭さもすっかり抜けて、スイスイプールを泳いでいるが、たまにはあの小さな漁師町の生活排水の入り交ざった海の匂いがが恋しくなる。恋しくなったところでもう戻る術はなく、もう戻る理由もなく、もう戻る場所もない。
雄マンボウのポーはまだ2歳。雌マンボウのマーはひとつ年上の3歳。どちらも元気だという理由だけで選ばれた。ポーは元気なんだけれど、少し心配性のところがあって、いつもいつも明日のことを気にしている。マーは陽気なのだけれど、本当は淋しがり屋で、ひとりの時はたまに泣いていた。
「ねえ、ポー、ここの生活もなかなかいいわね」
「……」
「ねえ、ポー、蒲江の海が懐かしいね」
「……」
「ねえ、ポー、いつか帰れる時が来るかしらね」
「……」
ポーはいつも黙っていた。
黙っていることが唯一精神のバランスを保つ方法だということを知っていた。言葉に出すと、哀しみや切なさなんてものが、その言葉と同時に溢れ出すということを知っていた。
「ねえ、ポー、お母さんは元気かなあ」
「……」
「ねえ、きっと、みんな元気でやってるわよ」
「……」
心配するというよりも、もう諦めていた。心配したところで何が出来るということではないのだし、もう捕えられてここに運ばれた時から決まっていたことだった。
「ねえ、たまに夢を見たりしない」
「……」
「ねえ、ポー、あの頃のほうが楽しかった?」
「……」
「ねえ、毎日泳いでばかりいるのって嫌い?」
「……」
同じようなことを毎日毎日マーは問いかけるのだった。ポーは黙っていた。黙っていることがふたりのためだと思ったいた。
「ねえ、ポー、夢はなに?」
ポーが久しぶりに、ずいぶん久しぶりにマーの質問に答えた。
「うん、死んだらね、骨は故郷の海に捨ててもらいたいなあ」
出稼ぎマンボウの夢は、いつか故郷の海に帰ることだった。それは生きている間中には無理だとしても、きっと、骨となってあの小さな漁師町の海に戻ることが出来るのだろうと、そんなことがポーの夢だった。
ポーにとって生きるということは死ぬことを夢見ることだった。その時になってやっと、あの海に戻れるんだと、ポーは思っていたし、それが生きる希望だった。
「ねえ、ポー、早く帰りたいね」
「……」
なんてマンボウを見ていて考えた……。
マンボウがお引越し / 西日本新聞

泣いてしまいました