日本海へ(5)
アニミズム【animism】とは「自然界の諸事物に霊魂・精霊などの存在を認め、このような霊的存在に対する信仰。英国の人類学者タイラーは、これを宗教の起源とした。」(大辞泉より)だそうで、日本でも古来から山川草木全ての物に霊魂が宿ると言われ、そして信仰されてきました。田原市の笠山も山頂に雷神が祀られていて、波瀬にある雷神神社の鳥居からはその笠山を拝むことが出来るので、雷神神社の御祭神は雷神の居る笠山、山そのものでしょう。
山は仏教が入ってきてから修行の場にもなりました。寺には山号というものがあり、例えば比叡山延暦寺などのように、山と寺とは深く関わり合いを持っているようです。
きっと松本駅を見ながら旅人の安全を祈っているのでしょうね。
播隆上人は1828年7月20日に3,180メートルの高峰槍ヶ岳に初登頂しました。その物語、新田次郎の小説「槍ヶ岳開山」に詳しく書かれていますが、今からおよそ200年前、現在でも登頂が難しい山とされる槍ヶ岳に、装備もままならないままルートを選びながら登頂するということは、はかり知れない困難があったことと想像します。
その播隆上人の像が登山基地でもある松本駅前にあって、ボクはその足元で一夜を明かすことになったのです。それはボクが特に希望したものでもなく、何かに導かれるというような霊的なものでもなくて、ちょうどそこが空いていたという理由だけだったのですが、そういった過去のことを想像しながら土曜日で賑わっている松本の街の音や、風の音、山川草木を感じながら朝を迎えるということは、旅館やホテルなどに宿泊しての旅行では味わうことの出来ない贅沢なことかもしれないと思ったのです。(って、ま、なんとでも言えるのですが;)
その松本駅ビル内のモスバーガーは24時ぐらいまで開店していて、その後も外に出している椅子やテーブルはそのままで、そこに座って読書をする人がいました。薄暗い外灯を頼りに一晩中そこに座っていたのですが、実はボクのその日の寝床が彼のいつもの場所で、ボクという闖入者に播隆上人像足下というありがたい場所を譲ってくれたのだろうと、考えていたのです。
ボクもその足下の住人の厚意を無言のままありがたく受け、寒さに震えながらも股の間の文明なんてことを考えていたのです。(「日本海へ(2)参照)そして、「Imagine」の歌詞の中に「宗教なんてない」とかいう一節があるらしいのですが(よく知らないので…)、「宗教なんてない神がいるだけなんだよ」と言う山川草木の声を聞きながら、「あ、松屋24時間営業か~、ちきしょ~腹減ったなあ~、でもまた牛飯もなんだし」と言った松本駅播隆上人像足下の夜だったのです。
こんばんは。
ああ、そうそう、そうですね。感受性の高まりってのが、いろいろなことを情緒豊に考えられるようになる原因でしょうね。
ボクも、ま、挫折したタイプですから。それにこれから先の不安みたいのもあって、どうしても落ち込む感じになってしまいます。特に休日の夜なんかは。一直前の日曜日なんてのは、夕方になると、それがピークになって「さざえさん」や「ちびまるこ」を見ても笑えなかったりして…(^^;
「どうしてこんなところに来てんだろうなあ」と独り言言ったり。それでも、ま、そのことを考えるのを避けるのではなくて、歩きながら考えたり、笠山や蔵王山に登ったりして。
そう考えながら、やはり「家族ってなんだろうなあ」とか思ったりして。そうするとやはり、いろいろな理由で来た人たちなんですけれど、やはりここに来るまでにはいろいろな苦労もあって、入社案内一枚を頼りに土橋駅に降りたことなんかも考えて、みんながんばろうね、とか考えたりするのです。
とんでもない人もいますが、でも、その人にしてもやはりここに来るまでには、いろいろなことがあったのだろうと思うと、仕方ないかなんて思えてしまうということもあります。
たぶん、ブルースさんのような元期間従業員の人やシニアさんのようなシニアの人、そして現役のボクたちって、きっと壁を見て涙が流れたことは一度や二度のことではないはずだと思っています。
感受性、期間従業員はドラマだ、なんて言えるかもしれないですね。
こんばんは。日本海へシリーズ面白いですね!こうやって期間従業員で来ると、かなりいろんな事を考える時間が出来ますね。これが社員だと毎日追われる生活になって、いろんな事が感じにくくなってしまいます。日常に埋没してしまいます。冷麺さんが優しさを感じたり、仲間意識が出来てくるのも、故郷から離れた寂しさなどの孤独感や辛さなどから感受性が高まって来るのだと思います。挫折した人は特にそうなるのではないかと。それが後々の人生に生かせたらとてもいい経験になるような気がします。管理人さんすいません。タイトルと関係なコメントで…