大蔵寺・設楽の寺院

設楽町東納庫の山裾に位置する大蔵寺(だいぞうじ)は、鎌倉末期の1330年頃、付近の寺脇城主・後藤弾正の開基によって創建されたと伝わる臨済宗妙心寺派の古刹です。

一度は荒廃しますが、天正11年(1583年)、名倉領主・奥平信光の招きに応じた松隠宗嶽(しょういんそうがく)大和尚によって中興開山されました。

その後、宗嶽和尚は春峰漸意和尚(慶長8年1603年 伝法開山)に法席を譲ります。そして、奥平信昌の移封に同行して群馬県へと移り、奥平氏の菩提寺である高松寺を建立することとなります。また、江戸時代には徳川家光から朱印地を賜るなど、かつては8つの末寺を持つほどの権勢を誇りました。

民俗学の聖地として

この寺院は、宮本常一の名著『忘れられた日本人』に収録された「名倉談義」の舞台でもあります。昭和31年、社脇・大久保・猪ノ沢の古老たちが集まり、かつての暮らしを語り合った座談会の会場となりました。

「名倉談義」に登場する社脇(やしろわき)の小笠原シウさんの「西三河の幡豆郡からのもらい子」の話は、大蔵寺が幡豆郡吉良(西尾市吉良)の華蔵寺の末寺であったという歴史的背景とも重なります。

真っ直ぐな参道の先に現れる山門や石垣の美しさは、今も変わらず名倉の田園風景を見守り続けています。

北設楽郡史 近世 – 国立国会図書館デジタルコレクション

  • 寺号 鷲峰山 大蔵寺
  • 本尊 阿弥陀如来
  • 宗派 臨済宗妙心寺派
  • 創建 鎌倉末期 寺脇城主・後藤弾正、中興開基 天正11年(1583年)名倉領主・奥平信光

大蔵寺の画像

場所・行き方

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