大沢城跡:東三河に根を下ろした波多野氏の拠点
2026年3月23日
豊川市御津町豊沢大沢にある大沢城(おおさわじょう)は、南北朝時代以降、この地を治めた波多野氏の居城と伝えられています。
相模から三河へ:名門武士団の系譜
波多野氏は、藤原秀郷の流れを汲む相模国波多野荘(現・神奈川県秦野市付近)を本拠とした有力武士団です。
- 鎌倉時代: 源頼朝や幕府に仕え、六波羅評定衆(ろくはらひょうじょうしゅう)などの要職を歴任。
- 南北朝時代: 波多野宣通・信通父子が足利尊氏に従軍。その軍功により、三河国に所領を与えられました。
「森下」の祖と御津定住
信通の子・忠義(信義)が、波多野一族として初めて御津に移住した人物とされています。1。系図には「森下祖」と記されており、御津荘の荘官としてこの大沢城を拠点に定住しました。
この地域を森下といい、明治9年の合併までは森下村でした。波多野氏は森下氏ともいわれ、忠義の子行近は「森下三郎」、またその子近吉は「森下太郎」を名乗っていました。
大沢城跡の現状と面影
現在は住宅地や果樹園となっています。また、公的な史跡指定は受けていません。しかし、随所に中世の武家の残り香を感じることができます。
雰囲気: 『御津町史』において「中世の土豪屋敷らしい雰囲気を漂わせている」と評される通り、日常の風景の中に歴史の重みが静かに溶け込んでいます。
遺構: 道路沿いに見られる古い土塁が、かつての城郭の一部とされています。
秋葉神社:大沢城の鬼門である北西に位置し鎮護のために建てられ、波多野家の崇拝と庇護をうけたと言われます。




大沢城跡の地図・行き方
参考文献
御津町史 本文編 – 国立国会図書館デジタルコレクション.
「大沢城」定本東三河の城 – 国立国会図書館デジタルコレクション.