正覚寺:宮路寺と新田氏再興の歴史
2026年3月11日
豊川市御津町観音寺の宮路山山麓。豊かな自然に抱かれたこの地に、浄土宗の古刹「正覚寺(しょうがくじ)」が静かに佇んでいます。
悠久の時を遡る創建と「宮路寺」の伝承
正覚寺の歴史は極めて古く、享禄3年(1530年)の創立とされますが、古い資料によれば明応8年(1499年)、光誉久公大徳上人によって開山されたと記されています。
そのルーツはさらに遡り、かつて寺院北側の白山神社境内にあったとされる「宮路寺」に辿り着きます。これは持統天皇が、亡き息子・草壁皇子を弔うために建立したと伝えられる由緒ある寺院でした。
「新田氏の時代」と観音寺への改称
弘仁3年の戦火で一度は焼失したものの、南北朝時代、南朝方の武士団がこの地域を実質的に統治・開拓していた「新田氏のとき」に再興を果たします。
この際、寺号を「観音寺」と改め、地名「観音寺」の由来となりました。当時は6つの僧坊が立ち並び、百観音を安置するほどの勢威を誇ったと伝わります。(※百観音は後に牛久保町の全谷庵へ移されたという説がありますが、その寺院の詳細は謎に包まれています)
小豆坂の戦い、そして瓔珞山 正覚寺
隆盛を極めた観音寺でしたが、天文12年(1543年)の小豆坂の戦いに巻き込まれ、本堂や堂宇の多くを再び失うこととなります。戦火を免れた久公坊を中心として、その後現在地へと移転。寺号を現在の「正覚寺」へと改め、今日まで法灯を繋いできました。
寺院の門前を通る道は、白山神社を経て灰野集落、そして宮路山へと続いています。ここはまさに、東三河の悠久の時を感じさせる歴史の道そのものです。
- 寺号 瓔珞山 正覚寺
- 本尊 阿弥陀如来
- 宗派 浄土宗
- 創建 享禄3年(1530年) 光誉久公上人






正覚寺の地図・行き方
「正覚寺」御津町史資料 第7集 – 国立国会図書館デジタルコレクション
御津町史 本文編 – 国立国会図書館デジタルコレクション
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