掃鏡庵(五井観音堂)
2026年1月24日
掃鏡庵(そうきょうあん)は、五井町中郷の町民会館敷地内に位置し、別名「五井観音堂」とも呼ばれる曹洞宗の寺院です。保内西国三十三観音霊場の第25番札所となっており、平安時代の作とされる高さ111センチメートルの十一面観音立像を本尊として祀っています。
子どもたちとの逸話と掃鏡庵の始まり
この本尊には、不思議な逸話が残っています。
もとは、五井城の鬼門封じとして、五井八幡社近くの新池の西側に安置されていました。当時、子どもたちが池で泳ぐ際にこの像を「浮き輪代わり」にして遊んでいたといいます。
後に行基の作であると伝わったことから、小さなお堂を建てて安置しました。そして、長泉寺住職の隠居所となったと伝えられています。
また、『五井の歩き方』によれば、かつて行基作と判明した本尊への子供の立ち入りを禁じたところ、村に疫病が蔓延しました。仏前に伺いを立てると「子供の近くにいたい」とのお告げがあったため、村の中心である現在地へ堂宇を移し、安置したと記されています。
五井松平家ゆかりの「疫病除け観音」
文明年間には、五井松平家の初代・松平忠景の側室が疫病にかかった際、この観音像に祈祷を捧げたところ見事に全快したといいます。
それ以来、強力な「疫病除けの観音」として広く信仰を集めるようになり、かつては参拝客で大変な賑わいを見せたと語り継がれています。
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掃鏡庵(五井観音堂)の画像






参考文献
- 伊藤天章.『蒲郡風土記』.蒲郡新聞社.昭和51年.
- 村瀬 亘宏.『保内西国三十三ヶ所 観音霊場巡り』.不明.
- 五井町文化財調査委員会編.『五井の歩き方』.三恵社.2023年
- 蒲郡市寺院悉皆調査報告書 – 国立国会図書館デジタルコレクション
