小田実希次と西浦園地の句碑
小田実希次(おだみきじ)氏による著書『ぶらり三河:三河歳時記』は、この地方の民話、伝説、社寺、史跡を158話にわたって紹介した郷土史の名著です。最近、電子書籍版も出版され、多くの読者に読まれることが期待されます。(『 ぶらり三河: 三河歳時記 eBook』)
小田実希次の俳句人生
小田氏は昭和2年(1927年)に蒲郡市三谷町で生まれました。16歳で陸軍少年飛行兵学校に入隊し、復員後は三谷漁業協同組合に勤務しました。昭和33年(1955年)に富安風生(とみやすふうせい)に師事します。そして翌年から俳誌「若葉」への投句を開始します。
「浜おもと廃船砂に埋もれて」
その後、地元の俳誌「三河」に入会し、処女句集『魚河岸』では三谷の漁港の日常を細やかに詠み上げました。
「蜜柑熟れ日毎に尖る崎の波」
「実習船霧の埠頭に横たわる」
西浦園地と万葉歌「安礼の崎」
『ぶらり三河』の130話は「西浦温泉の万葉公園」について記しています。そして、万葉集巻第一の第58番歌で高市連黒人(たけちのむらじくろひと)が詠んだ「いづくにか船泊てすらむ安礼の崎漕ぎたみ行きし棚無し小舟」の舞台とされる安礼の崎(あれのさき)について紹介しています。
小田実希次の句碑「万葉の 崎まなかひに 鷹渡る」
西浦園地には、小田実希次氏の唯一の句碑である「万葉の 崎まなかひに 鷹渡る」があります。この句は、万葉歌の安礼の崎とされるこの地で詠まれ、「目の前を鷹が雄大に飛び渡る」情景を捉えています。
この碑は、平成3年(1991年)に愛知春嶺会によって建立されました。
菖蒲あやの句碑と並んで
近くには、菖蒲あや(しょうぶあや)の句碑「海見ゆるかぎり青春豆の花」も、平成元年(1989年)に同じく愛知春嶺会によって建てられています。
菖蒲あやは、岸風三楼、富安風生に師事し、後に風三楼の俳誌「春嶺」創刊に参加。宮下翠舟の死後、「春嶺」の主宰を継承しました。
師弟・同門の系譜を継ぐ二人の俳人の句碑が並んで建てられているところに、この地域が長きにわたり俳句文化を深く享受し、高い文化的素養を育んできたことがうかがえます。
「サルビアを咲かせ老後の無計画」


