瘡守神社 – 笠と笹の伝説が残る皮膚病の神様
2025年11月10日
瘡守神社(かさもりじんじゃ)は、萩原神社の北側に隣接して静かに鎮座しています。その創建は、丹野城主・萩原左衛門尉芳信の笠(または兜)を「御霊依(みたまより)」として祀ったのが始まり、あるいは戦功の賞として賜った陣笠を埋めた「笠塚」を祀ったのが始まりと伝えられています。
その後、時代が下り延宝元年(1673年)、御津町赤根の郷士である鈴木弥次右衛門重昭(鈴木孫市)が、笠塚(または笹塚)から「火が立ち昇る」夢を見ます。彼はその場所に神籬となして礼拝し、夢のお告げにより、その神が少名彦命であることを知ります。
少名彦命から「天下の人民の皮膚病を憂う者は、塚の笹を湯に投じて浴せよ」という神勅を受けたため、ここに瘡守大明神を勧請したと伝えられています。
笹風呂の信仰と賑わい
この神社は、境内にある笹を風呂に入れて浴用とすれば、皮膚病や性病に効果があると信じられ、明治・大正時代には大いに栄えました。西三河地方、岡崎、田原市、遠州方面から多くの参詣者が訪れ、神社側は混雑を整理するため大浴室を設け、入浴券を発行するほどでした。
当時は近くに池田屋、山田屋、仲田屋などの宿屋も立ち並び、特に花柳界の女性からも厚く信仰されていたと言われています。
現在、参拝者は減りましたが、それでも「病院で治らない」と悩む人や、性病除けとして静かに参拝する人がいると伝えられています。
神社を中心としたる宝飯郡史 – 国立国会図書館
⑪ 『瘡守神社』 | 御津町商工会
続海浜独唱 4 (361~396) (三河アララギ叢書 ; 第74篇) – 国立国会図書館
瘡守神社の画像


